平静に動揺

※「明らむ心音」の続編






 きっかけを失った。
 何がどうしたと言うんだ。ただ唇と唇が触れただけだ。唇という表現さえ曖昧で境目は見えない、手のひらの皮からひと続きの皮膚だ。皮膚と皮膚が触れただけだ。境目がない皮膚の触れ合いに何でこんなにオレは取り乱す?それに理由を意味を見い出そうとしている?頭が膨張してくる錯覚。おかしい、おかしい、おかしい、おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい!オレはおかしい。

 極端に精神が乱れた時ほど平静を装ってしまうもんだ。早朝のコンビニバイトの間中、雄二郎の言葉と唇の感触が脳内を支配していた。女相手にならまだわかる、それが何故男なんだ。キショクワリィ。そこから苛々が募り、次に顔を合わす時ははっきりと、何故あんなことをしたのかと、自分はそっちの趣味はないと、宣言するつもりだった。だが家に帰る途中に気付く。鍵をご丁寧に雄二郎に貸したままだと言うことに。もしかして、なんて淡い期待で玄関の鉄扉に手を掛けるもしっかりと施錠されている。携帯を開いて新着メールを確認するも雄二郎からの連絡は何もない。そうだろう。きっと今ごろ仕事なのだからオレにわざわざメールを打つヒマはない。鍵がなけりゃ家に入れない。
 仕方ない、新妻くん家にでも行って雄二郎が仕事が終わるのを待つか。と思い立つも取り敢えずは雄二郎に鍵を返せと伝える必要があった。こういうときはなんて言うんだっけ?あまり偉そうに言っても相手は一応年上だし、それともオレが介抱してやったんだから偉そうでいいのか?それにあれのことはどうする?なんて聞くんだ?ぐるぐるぐるぐると色んな言葉が巡った。こんな複雑な状況に巡り合うほどオレの人生は奇特ではなかったハズだ。
 結局冒頭のそれだ。動揺しすぎて動揺を察されまいとする余り、平静を装った。新妻くん家に世話になろうと思ったが珍しく雄二郎からスグに返事があった。内容は普段と変わらないノリで鍵を返すから単車を回せと言うものだった。新妻くん家に向かうつもりで出した単車のエンジンを掛けて行き先を千代田区に変更した。今、編集部を出た様だからと時間を逆算して雄二郎を迎えに行く。あんなに普通の返事だったのだからもしかしてあれのことは覚えてないのかも知れない。どうだ?読めない。会ってみて向こうの出方を見るしかないだろう。少しでも変な気を起こしそうだったらぶん殴ってやりゃあいい。ガタイも力もオレの方がきっとある。そう、もし雄二郎とそんな性的な関係にだなんて虫酸が…………、……、…………。
「雄二郎さん。」
 JR水道橋駅に向かう道に雄二郎を見つけた。このモジャモジャ頭は人混みでもスグに目につく。ハーレーを歩道に寄せ声を掛ければモジャモジャ頭は振り返っていつもの顔で早かったね、福田くん。と言った。雄二郎が鞄にからキーホルダーの付いていないオレの部屋の鍵を取り出して見せる。オレはそれに手を伸ばして受けとる。
「パンとドリンク、ごちそうさま。またご飯奢るよ。」
 雄二郎が笑って言った。
「あと、ネーム。かけたら見せろよ。これでもお前には期待してるんだから。」
 雄二郎は笑って言う。
「この前のが結構良かったからもう少し掘り下げればきっと行けるよ。」
 雄二郎は笑って言う。
「あ、あと今日、新妻くんの所に行くなら赤マル掲載分の…」
「雄二郎さん。」
 昨日の事、覚えてないんスか?何にも?何て言ったかも?何したかも?全部?唇の感触も熱も吐息も声音も瞳も睫毛も鼓動も全部、全部全部全部全部全部、オレは覚えてるのに?
「福田くん?どうかした?」
 言葉は続かなかった。果たしてそれを口に出して雄二郎がどんな顔をするだろうと思えば胸が苦しかった。
「…新妻くんに用事なら自分で言ってくださいよ。オレは連絡係じゃないんで。」
 いつもの普段の平常の普通の日常の福田真太を装ってめんどくさそうに言った。雄二郎は大人らしくゴメンゴメンと心にもない謝罪の辞を述べて眉を下げた。
「じゃあ、今日あとで新妻くん所行くから。」
 雄二郎は手をひらひらと振って駅に向かった。オレはもやもやした気持ちを掻き消す様にハーレーを唸らせ街に消えた。宛はない。ただ走ってこのもやもやを消し去りたかった。もやもやが確かな答えになって固まってしまう前に発散してしまいたかった。
 昨日、雄二郎にキスしたのはきっとオレだ。どうかしてる。雄二郎を可愛いだなんてどうかしてる。雄二郎は男で編集者でわかってるわかってる。わかってる。じゃあこの苦しさはなんだこの鼓動はなんだ。なんであのキスが嫌だったとは思えない。雄二郎の事を考えて背筋が濡れるように疼く。官能している。おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい!走る。走って風を切れば変わるか?忘れるか?なのに胸に湧く気持ちは走れば走るほど鮮明になり消えなくなっていった。




090927
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