内包する果実

 果実をかじった時にある肉胞の潰れる感触が嫌いだ。歯にまとわりつくように柔らかい筋の感触。きしきしといつまでも口内に残り歯を解放しない。

 新妻エイジという男は異質であった。彼は周囲から些か年齢より幼い印象を持たれ勝ちだったがオレはそうは思わない。伏せ勝ちな瞼に含まれた瞳は侠ともいうべきか、熱を孕み光を捉えていた。そこに幼さはなく、若くも逞しい彼の本質が見えているように思えた。逃げることを畏れず正当化してしまったのはいつだっただろうか。昼間の明るさが後ろめたく感じたのはいつからだったか。彼は汚れておらず、オレを酷く真っ直ぐな言葉を向ける。若さとは恐ろしいな。すっかり汚れきったオレは離れた所から視線を向けてまた自分が傷つくことを怖れている。
「新妻くんは、僕を好きなのか。」
「今更改まってなんです?」
 新妻が実家から送られてきたと言う段ボールを開梱する傍ら、普段は彼のアシスタントが使っている椅子に腰掛けぎしりと鳴らした。ああ、やはり椅子はいい。やっぱり床座というのがいけない。デスクと椅子を買おうか。なんてどうでもいい意識を紡ぐ。新妻はガムテープをアメリカの子供の様に剥がしてやや乱暴に、その頭部がすっぽり入ってしまうほどの段ボールを開けた。
「無花果です。」
 段ボールの中には八つ熟れた実が詰められていた。蜜が溢れそうな程に熟れた無花果が衝撃吸収材に包まれていた。新妻は一緒に入っていた母親かららしき手紙の封を切り読み始めた。
「オイ、新妻。」
「あ、無花果食べてください。」
 呼んでも反応はそれだけ。新妻は手紙を読み入って床に胡座を掻いてしまった。
 新妻に唐突に「もう他の先生の所には出入りしないでください。」と言われた時はさすがに戸惑った。吉田の根回しかと思ったが違った。新妻は「どこかに行くなら一番に僕の所に来てください。」と続けて、「僕は平丸先生を好きだから、独占させてください。」と袖を掴まれた。意味を問うた時に新妻は確かに恋愛的な意味だと言った。恋愛事というのはオレは軽視している分野であったが彼となら一時恋愛を興じてみるのも悪くないと思ったのだ。爛れた性生活を繰り返してきたオレに取って恋愛事はセックスに至る為の前戯の一種だ。なのに新妻はオレの肌には触れない。オレが襲ってみようものなら冷めた拒絶だけを返された。
「新妻、」
 手紙には細く流れるような文字で日常の些細なことや息子を心配する言葉が綴られていた。
「新妻。」
 彼は振り返らず文字を追う。オレは段ボールに手を伸ばし無花果を一つ取った。
 例えば、オレがこの無花果のように瑞々しく柔らかな肌を持ち合わせていたら新妻は肉欲に目覚めただろうか。どうしてオレは安定しない?フラストレーション?新妻とセックスできないことが?セックスしないことが?セックスしたくて堪らない?別に、別にいらない。じゃあ何が欲しい?椅子が欲しい?
 新妻の細い首筋を見ながらオレは女性に感じる衝動的なリビドーがないことに気付き居たたまれなくなった。
 それでもなぜかオレは無花果を貪った。



img(背後注意)
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