譲らない(新平)

※「天才二人」の続編。




 困ったことになった。

「僕は平丸先生が好きです。ノットライクです。ラブです。」
 女性にモテないこともない平丸一也、二十六歳。学生の頃から合わせて四人の女性に愛の告白を受けて来ました。どの女性とも上手く行かず決まって「もっと誠実な人だと思ってた。」と言われフラれて来ました。勝手に夢を見て勝手に幻滅して、全く勝手な女性たちだ。その度に性欲の捌け口を失う僕が不幸だ。今は漫画家という社会性のない職に就いてしまったからいいヴァギナに出会えない。マスターベーションに励む程若くはないし、あれは快感と後始末の面倒臭さが割りに合わない。仕方なく風俗に通い、金で快楽を買う生活。いや、もともと風俗はよく行ってたけど。
 そんな僕がだ、ストレスばかり抱え込む労働に耐え兼ね電話を掛けるのは新妻エイジという若い漫画家だった。初めは誰彼構わずに電話を掛けていた。気付けば吉田という悪魔の使いに因ってほとんどが僕からの電話を着信拒否にした。新妻エイジは売れっ子漫画家だった。新妻エイジは漫画家という職業に誇りを持っていた。新妻エイジは僕の電話にいつもワンコールで出た。
「僕は平丸先生が好きです。ノットライクです。ラブです。」
 そんなことを続けて数ヵ月。新妻エイジから聞いた言葉は予想を越えていた。
 馬鹿な。男同士だぞ。正気なのか。どれも浮かんだだけで口には出なかった。だって答えはわかりきっている。二十六年も生きて来れば大体を経験して初めてが珍しいものになる。その久しぶりの初めてが男からの告白とは、なかなか僕の人生はエキセントリックだ。とは言え驚きはあったものの、新妻エイジという男に嫌悪感を抱かなかったのは彼が若く、常人とは違う雰囲気を持ち合わせて居たからだ。未知なる世界への扉を開いた気がした。
「…土曜日、そっちに行く。」
 僕はイエスともノーとも言わずそう告げた。新妻エイジもイエスともノーとも言わず電話を切った。彼は実に物わかりがいい。
 そうだ、そうとも。いい大人が初めてを恐れることもない。新妻くんに実際会って、判断すればいい。華奢で若い新妻エイジなら女性経験しかない僕でも苦手意識は少ないだろう。尤も快楽には貪欲と自負しているからホモセクシャルに対してもそれほど抵抗はない。男女間でも身体を重ねるくらいなんともないのだから男同士なら尚更遠慮などせず抱いてしまえばいい。もし新妻エイジを目の前にして僕のリビドーが減退してしまったのなら適当に断りその足で風俗店へ行けばいいじゃないか。そんな考えだった。快楽主義を名乗る僕らしいと思う。
 だが僕は今、困っている。
 やはり新妻エイジは予想を上回る。それは良い意味でも悪い意味でも。
 新妻エイジは常人とは違ったがやはり人間で男だった。僕と同じく性欲があり、ペニスがあり、支配欲のある男だったのだ。

 まさか!あの華奢な身体に組み敷かれ貞操の危機になろうとは!

 夢にも思わない僕は土曜日、新妻エイジの住むマンションの一室を訪ねたのだった。





090829
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -