自覚しない

 新妻エイジに続き福田真太という新人も調子がいい。予ての希望で大学卒業後に漫画雑誌の編集者になった僕の担当した新人が二人も続けての快挙だ。いよいよ僕の未来も明るい。
「もし連載になったら雄二郎、福田真太の担当外されるかもな。」
 妙な汗、何故か一瞬息が詰まった。確かに、確かに。現在受け持っている連載作家もいるしこれ以上抱えるのは無理だろう。福田を誰かに担当して貰うことになりかねないのだ。そう言った相田さんはそれほど重大に受け止めた様子もなくデスクに向き直り内線に出た。そう、そうなのだ。連載を機に担当が変わることなんて珍しい事じゃない。以前担当していたギャグ作家だって連載を機に僕へと担当が変わったのだ。だからもちろん相田さんにとっては発言したことも忘れてしまうほど些細な事で、…だから、問題なのは、僕が福田真太の担当を変わる事にこれほど抵抗を覚えていることだった。


「雄二郎さん遅いッスよ。時間を守るのは社会人のマナーなんじゃないんスか。」
 九つも下の子供に嫌味を言われぶん殴ってやろうかと思ったのと同時に駅前なんかで待ち合わせするんじゃなかった、と思った。高校卒業後ケジメ、という彼らしい理由で広島から単身上京した福田真太の容貌は百人に聞いて百人が同じことを言うだろうと言うほど美しいものだった。色素の抜けた髪すらも天性の美貌のものとして気性を示す鋭い眼差しも美しかった。
「会議が押してたんだよ。メールしたろ?」
 人通りの多い駅前で彼の美貌が人を寄せ付けたらしく彼はめんどくさそうにミーハーな女たちを払い、気付きませんでした、とダルそうに言いながら携帯を一度開いた。作品にはエロチックユーモアを取り入れ、グラビアアイドルについて詳しかったりする割りに寄り付く女たちには興味を示さない彼の思考は計り知れない。もし僕がいきなり女性に声を掛けられたりしたら調子に乗ってしまうのは間違いなかった。彼は群がる女たちに離れるようにややぶっきらぼうに伝えてハーレーに跨がった。僕も馴れた様に彼からヘルメットを受け取り被った。
「で、どこ行くの?」
 彼の後ろに跨がり細い腰に腕を回した。
「お好み焼き、こっち来てからあんま食ってないんスよ。」
 言ってエンジンをふかした。なんだ、オトコじゃん。さっき福田真太に群がっていた女が言った。僕は何故か耳が痛くなって唇を強く横に引いた。ハーレーが独特の震動を携えて走り出した。辺りはすっかり暗く車のヘッドライトが僕らを照らす。僕は九つも年下の男の背中にしがみついた。振り落とされないように、離れないように。"ぶん殴ってやろうか"だって?呆れた。僕はいつからそんな暴力的な思考を持ち合わせる様になったのだろうか。暴力的なのはこの福田真太だけで十分じゃないのか。まさか。その先は言いたくなかった。理由を明確にしてしまえば戻れなくなる事を感じていた。
 そうだ、そうだ。担当を外れたって何も変わらない。ビジネスなんだ。福田真太とはビジネスの付き合いなんだ。例え彼から食事に誘われそれを受けてもビジネスだ。こうして二人で出掛けたって、特別な意味なんてない。考えれば考えるほど胸が苦しくなりハーレーに浮かされた。福田真太の暖かい背に頬を当てながらぼんやりと浮かんだ疑問を口にした。
「広島焼きって全部ぐちゃぐちゃに混ぜちゃうヤツだっけ?」
「…お好み焼きと大阪焼きの違いもわかないんスか?」
 直後ハーレーが停止し広島男、福田真太によるお好み焼き講義がはじまった。



090826

※お好み焼き
広島焼き…種を焼いてその上にキャベツ、そばなどの具材を乗せていくタイプ。広島焼きと広島の人に言うと怒られる。
大阪焼き…種とキャベツ、天かすなどの具材を混ぜて焼くタイプ。大阪焼きと大阪の人に言うと怒られる。

広島の人にとって広島焼きがお好み焼きであり
大阪の人にとって大阪焼きがお好み焼きである。
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