天才二人

「オイ新妻、ヒマだ。」
 なんのことはない。いつもの電話だった。週刊連載を抱える作家が暇など無いのだが、平丸はヒマという理由でよく新妻に電話を掛けた。新妻は平丸の口にする暇が仕事が無いという意味ではなく、気持ちが空虚であるという意味合いだと知っていた。新妻自身も週刊連載を抱える漫画家だったから他人に構う余裕など無いのだがどうしてか平丸の電話だけは断らずに居た。また断りたい訳ではないらしく、平丸からの着信があれば直ぐ様、爆音BGMを消して受話するのだった。
 それを見るアシスタント達は天才達の考えることはわからないと思っていた。新妻と平丸の会話の内容は決して実があるとは言えない浅いものだった。平丸が性癖であるとも言える自己悲観や不満を漏らすのを新妻はやや興味なさげに聞いて更にはすっぱりと平丸を切り捨ててしまうのだ。平丸にとっては構ってくれるとは言い難い相手、新妻。新妻にとっては仕事の邪魔になると言える相手、平丸。なのに二人の天才は電話を頻繁に取り交わした。新妻から掛けることさえなかったが担当の編集者からの電話には殆んど出ないと言うのに平丸からの電話には応じた。

「平丸先生はなんで僕に電話するんですか?」
 平丸のぐるぐるとループする愚痴を割って珍しく新妻が問いかけた。大体は平丸の愚痴が終われば新妻が端的に一言切り捨てるのだが今日は待たずに、問いをかけたのだ。新妻は変わらず原稿にペンを走らせている。受話器越しに暫し沈黙する平丸の様子が新妻の部屋で作業をしていたアシスタントたちにも伝わった。
「僕は、」
 息を飲んだ。平丸はまだ無言で続けて新妻が口を開いたのだった。ペンを更に走らせクロウを飛ばした。
「平丸先生の声が聞きたいから電話を取ります。」
 受話器の向こうの平丸の戸惑いが聞こえた。新妻はそれを無視し効果音を発してから会話に戻った。
「僕は平丸先生が好きです。ノットライクです。ラブです。」
 アシスタントたちは手を止めた。新妻の読めない言動はいつもの事だが今度ばかりは驚いた。新妻は常人に理解し難い発言はするが嘘を吐く人間ではなかったのだ。
「…………」
 受話器越しに平丸が何かを返して新妻は突然電話を切った。アシスタントたちは新妻の背中を見ていた。平丸は?平丸はなんと答えた?新妻は?新妻はどんな気持ちでいる?
「ビューン!!」
 アシスタントたちの沈黙を破り新妻は椅子をぎしりと鳴らすとペンを勢いよく滑らせた。それに意識を戻したアシスタントたちはデスクに向かうが平丸と新妻の事が気になって仕方なかった。作業が進まない。

「ミュージックオン!!!!」
 新妻はアシスタントを余所に再び爆音を再生させた。
「ガガガガッ!ビュッ!バッ!ガキィーン!!!」
 原稿用紙にはクロウが黒い羽を散らしながら激しく戦闘をする姿が描かれていた。





090822
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