偶然か必然か
煩わしい音ばかりで死んでしまいそうだ。オレは何故ここにいて、何故存在するのか。もう何年も考えているのに答えは出ない。これだけ考えても答えが出ないなんて不安に拍車が掛かる。通勤に片道一時間。東京に住む人間ならこの程度はざらで、隣県から三時間以上掛けてやって来る同僚もいるのだから苦痛が好きなのだとしか思えない。わざわざ退屈や疲労を求めてやってくるのだ。お前は変態か。そういうオレも変態の一人だ。最早何故就職したのかさえ思い出せない。そもそも何故オレは存在するんだ。ループ。 無言の密室がガタガタと揺れる。ちょうど目の前で扉に背を預けている高校生は立ったまま器用に眠りに入ろうとしていた。なんと気楽なのだろう。きっと彼は苦痛を感じず伸び伸びと生きているのだろう。そして何故学校に行くのかなど疑問にも思わずこの電車に乗っているのだろう。高校生の髪は甘い餡のような色をしていて、短い前髪は額を隠していない。耳の前の髪だけ長かった。なかなかエキセントリックだ。しかしヘッドフォンから漏れる音楽が戴けない。 「お兄さん。」 眠っていた筈の高校生は重そうな瞼を上げてオレを捉えた。思ったより落ち着いた声でオレに呼び掛けた。 「いつもこの電車ですよね。僕も毎日この電車なんです。」 ヘッドフォンを外し漏れる音はそのままにオレに話しかける高校生。反応に困る。なんだって急に見知らぬ人間に声を掛けられるんだ。同じ時間に電車に乗るとは言えこの高校生の姿は今日初めて見掛けたのだ。 「僕は次で降りるんですけどお兄さんはどこまでですか?」 「…新橋。」 答えたのは気まぐれだった。すると高校生は瞼を伏せて笑った。 「ならあと30分くらいですね。…これあげます。」 ジャ、ジャーン。と妙な掛け声と共に高校生は胸の前に抱えていた鞄から分厚い雑誌を取り出してオレに差し出す。 「僕の一番好きな雑誌です。お兄さんの退屈もきっと吹き飛ぶですよ。」 高校生は次の停車駅で降りた。オレは受け取ってしまった雑誌の表紙を眺めた。 「CROW…巻頭カラー…。」 果たして、これがオレを転機になった。
090617
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