笑って下さい(田中←彼方)










別に、アイドルのトップになんてならなくたっていい。そんな名誉なんて俺自身は必要ないんだけど、田中さんが喜んでくれるなら頑張るよ。今日の予定を読み上げている田中さんの声を聞きながら、信じられないほど自分の頭は回っていた。

「彼方、どうかした?」

それに気付いたのか、つらつらと仕事のスケジュールを読んでいた声が止まり、うつ向いていた自分を覗き込むように田中さんがふ、と視界に現れた。こんなメガネのおっさんの何がこんなに好きなんだろう。この人と俺は、仕事という囲いの繋がりしかないのに。(きっと彼は、俺がアイドルじゃなくなったら構ってくれないだろう。)

流石マネージャーってだけあって、俺の微妙な変化に気づくのが早い。

「風邪?大丈夫か?」

「ちゃんとマネージャーらしいとこあるんですね」

「喧しい。いらんこという元気があるなら話聞け」

ぱこん、と手帳で頭を軽く叩かれた。反射的に小さく「痛っ」って言ってしまったが、いうほど痛くない。

「あ、間違った。もういっかいお願いします!」

「え?何を」

「俺の頭軽く叩いて下さい」

「……。」

めんどくさそうに未見に皺をよせて、黒い手帳はポケットに仕舞われた。

「ああ!俺のギャグ魂、いや、笑いのソウルが灼熱の…「どうせしょうもないギャグでもするんだろ。」

あ、バレてた。あんな普通の反応なんてギャグがすきな俺としては許せない(そもそも自分は芸人の道をすすみたかったのに。この人に惚れちゃってえらいことになったよ。)

自分でしょうもないギャグだとはたまに思った。だけどそれでも、あなたが少しでも笑ってくれる気がして、やめられないでいる。

俺が田中さんを疲れさせているのなら、どうしたらいいんだ。

1日1回はかならず田中さんがため息を吐くのが俺のせいだったら。そう思うと、馬鹿なことをすること以外自分を守れないから。

「たまには笑って下さいよ」

「じゃあもっとギャグの腕を磨いてこい。ていうか頼むからテレビ番組の撮影の時は黙っててよ」

「えー!いやっすよ」

「えー!じゃないよ!」

ああ、また苦労人の顔してさ。

田中さんが笑ってくれるなら何でも構わないのに。

俺は田中さんが笑っている顔が一番すきだから。





笑って下さい









失踪透子ちゃんより)