おやすみのキス(新平)



新妻が珍しく俺の家に押し掛けてきて何事かとドアをあけると「アシスタントさんと喧嘩しちゃったです」とめそめそした表情で言う姿にため息をついた。なにか一大事ではないようで安堵した

「締切は大丈夫なの?」

「よゆーです。だから一日お泊まりさせて下さい」

余裕だ、という新妻が羨ましいのもあるが心配になる

彼は病気といわれても否定できないほど絵が好きだからか本当に片時もペンをはなさないし、いつも結構な余裕をもって締切をむかえてるようだ。だからといっていくら一般的には大学生だとしても体力的にきついものがあると思う(…甘やかした大人の見方かもしれないが)

俺の方は相変わらずのペースだが全く時間がないといえば嘘だし、アシスタントはもう帰ってしまったため断る必要がない。それにめそめそしたその表情をみてると泊めないわけにはいかないと思った。

「構わないけど、君のつかってるようなふかふかのベッドなんてうちにはないよ?」

「だあいじょうぶです、先生のお布団で一緒にねるので」

また面倒なことをいう…

眉をしかめると「だめです?」なんて首をかしげちゃってさ、ちょっとしか可愛くないよ

俺はつくづくこの子供に弱いようで本当に馬鹿だと思う

「仕方ないな」なんて馬鹿じゃないの何いってるんだ本当

「やったです!さすがです!だいすきです!」

ちゅっと飛び付かれて頬に唇を押しあてられる。

「わかったから、入って」

恥ずかしいと嬉しいと正直思ってるよ。顔にだしたら負けなんだ

「おじゃましまーす」

常識ないように見えながらもなんだかんだ常識人の新妻はわざわざぺこりと頭をさげる。その姿がおかしくて笑った

「夕飯は?」

もう夜の10時をまわっているから食べたか?と思いながらも漫画家だという職場柄、決まった時間に夕飯をとるなんてあまりしない(俺なんか1食で足りるし)

きいてみるとやはり食べてないの返事。ああ何かつくるか。とキッチンにたつ

ある程度なら食事をつくれるがあまり味に期待はしないで欲しい

「平丸先生がお夕飯つくるですか?」

「もう夜食だけど。そういえば俺も今日なにも食べてなかったからついでにと思って」

「ええ?!だからこんなにほっそいんですよ」

がしっ、と後ろからつかまれた腰にびくっとすると新妻はけらけらと笑った。なにがおかしいんだ

とりあえずあるもので軽くつくったものを新妻の前にだす。俺も向かい合って座って手を合わせた

凄くうれしそうに食べる姿に自然と頬が緩みそうになるが堪えて箸を口に運んだ

「平丸先生は意外と器用なんですね」

「意外とは余計だよ」

失礼なやつだな。というと新妻はまたけらけらと笑う。

彼の笑いのつぼは分からない

「食べたら俺がお皿あらってるあいだにお風呂でもしておいて」

「一緒に入りましょう」

「ふざけるな、そんな自ら自爆するような行為絶対しない」

「えー、じゃあ先に入ります」

お皿を水につけて(律義だと思う)とてとてと脱衣所に向かう新妻になんだか息子ができた気分だなと感じた。

俺がお皿を洗い終わって暫くして新妻は脱衣所からでてきた。

テレビをみてた俺はちらりと新妻を見て唖然とする。上の服をきていなかった

「…上の服は」

「ぬらしちゃったです」

「どうやって!?」

適当に服を渡したら新妻はありがとうございますとお礼をいって濡れたまま俺のよこにすとんとすわる

「なに」

「ゴメンなさい。嘘です」

「なにが」

「アシスタントさんと喧嘩なんかしてないです」

下をむいたまま新妻は話すまあだいたいわかっていたけど、そんなに落ち込んでいうことじゃないと思う

「寂しかったので、嘘ついちゃいました」

「……寂しかった…?」

寂しかったとは、どういうことだろう

「仕方ないですけど全然会えなくて電話もできなくて」

「ああ、」

「僕、こわいぐらい平丸先生だいすきなので、寂しかったです」

下をむいていたのにバッ、と顔をあげてそういう新妻に心臓がなった。これは俺もなんて同意はしたくない。俺もだけど、俺もなんて言ったってなにもいいことない

俺が返事に迷ってるとこてんと新妻のからだが横に倒れた

それから規則正しい呼吸音

なんてやつだ。このタイミングでねやがった

「…俺もだ。」

できるならもっと会いたい。だけどそんなこと言って意味があるかと聞かれたら8割りない。

下手をしたら時間を裂いて会いにくるだろうから、それなら休んで欲しいんだ

「おやすみ」

そう呟いてかけ布団だけ持ってきて約束通り新妻のとなりで眠る

もう幼さは残っていない新妻の頬にかるくキスをした



おやすみのキス











失踪透子ちゃんより)