すぐそこで微かな呼吸音。
布団の中で、できるだけ音をたてないように寝返りをうった。ほんと、何してるんだろう。扇風機は、ついさっきタイマー設定による限界を訴え、静かに運転をとめてしまった。…暑い。もう一度寝返りをうった。


「名前。」


小さな声が、私を呼ぶ。ベッドからだった。びっくりして、どうしたらいいかわからなくて、私は何故か無言で頷いてしまった。いや、見えないだろうよ。その証拠に、綱海は「起きてるー…よな?」とさっきよりさらに小声で囁いた。私は体を起こして、こくんと頷いた。今度こそ見えたらしい綱海は、ベッドから降りて扇風機をつけてくれた。それから、何やらいろんな雑誌がつまれている、いかにも元がつきそうな勉強机のライトもつけてくれた。てのひらが僅かに汗ばんでいる。


「なに、寝れねぇのか?」
「まあ…うん、ちょっと」
「ベッド使うか?」


綱海はベッドをぽんぽん、と叩いて示した。綱海が毎日使ってるであろう、それ。さすがにそれを使う勇気はないし、別に枕が変わったからって寝れないクチじゃない。綱海がいるから寝れないだけ。だから私が大丈夫だよ、とだけ答えて笑うと、綱海はベッドから布団におりてきた。なんだか納得がいってないって顔をしているから、私はおとなしくはじっこにずれて綱海の場所をつくった。


「どうしたんだよ」
「どうもしてないよ」
「ばっかだなあお前。綱海条介が、どんだけ名字名前の幼なじみやってるか知らねえのか?」
「いや、知ってるけど…」
「ここテストに出んぞ」
「嘘つかない!」
「じゃあお前も嘘つかない」
「う」


そろ、と枕を抱いて逃げようとするけど、綱海にはバレていたのかすぐに捕まった。足首を掴まれている。「へへっ、お見通しだっての」綱海はにっと笑った。その笑顔は相変わらず眩しくて、なんにも変わってないなって思う。綱海は、いつだって綱海だ。私の幼なじみ。私が内地に引っ越したせいでしばらくぶりになってしまったけれど。そんなことを考えていると、真っ黒で大きな目と視線がふっとあった。咄嗟に反らした視線。瞬間、私の肩をどんと押した手があった。もちろん、綱海のだ。油断していた私の体は倒れる、綱海はその私の上に覆いかぶさるようにして、またあの目で私を見た。…や、だ。見透かされる、見透かされて、しまう。顔を横に向けて目をぎゅっとつむった。


「逃げんな」
「…っや、」
「逃げんなよ、名前」


私の頬をやさしい手がなぞる。名前、名前。綱海の声が私を呼ぶ。「俺がいるって」やさしい響きがする。いつの間にか、綱海の手以外にも頬をすべる何かがあった。私はこれを知っている。いっつも一人でこれの相手をしていた。どうしていいかわからなくて、ひたすら隠して。だってこんなの、おかしいよ。ずっとずっと親友、なんでしょう。でも苦しいよ綱海。苦しい。綱海、綱海、助けて。


「…つな、み」
「ん」
「くるしいよ、綱海見てると、苦し、い」
「…俺?」
「ずっと親友、なんでしょう。でも綱海と同じ場所にいるだけで、私の心臓はどきどきうるさいんだよ。綱海がいないと苦しい。…私、私は綱海がすきだよ」


綱海の顔が、怖くて見えなかった。だって、小さい頃からそうだったから。親友だよなって毎日朝から夕方まで遊びまくって、たまにケンカして、でもすぐ仲直りして。小学生まではよかった。だけど中学生になって離れ離れになった途端、綱海が恋しくて堪らなくなった。泣いている私を笑わせてくれたのはいつだって綱海だ。遠く離れていたって、内地でさみしくて泣く私の涙を止めるのは綱海からの連絡。いつのまにか私のこころのどまんなかは綱海が占めていた。
すき、なのだ。親友じゃなくて、幼なじみでもなくて、一人の人間として。


「泣くなよ、そんなに俺のこと好きか?」
「…ごめんなさい」
「なんで謝ってんの」
「わかん、ない」
「意味わかんねえ」


けらけらと綱海が笑った。それから「大丈夫大丈夫」とよくわからないコメントをして、私の上から綱海がいなくなった。ごろんと布団に転がった綱海は、そのまま動く気配がない。私はようやく彼の顔を見た。綱海はいつもどおりやさしい顔をしていた。


「よし、寝るぞ」
「え」
「二人で羊数えんぞ、明日は久々に一緒にサーフィン行くんだし」
「つ、つなみ」
「ん?」
「このまま寝るの?」
「おう」


綱海がぎゅっと私の手を握る。すごく、やさしい。また涙が溢れてきて一人でぽろぽろ泣いた。綱海は気づいてるから、甘やかすようにとんとんと背中を叩いてくれている。「つなみ、は」知りたい。期待していいの、それとも幼なじみを泣かせたくないの?「今は寝ようぜ」綱海は私の頬を撫でるだけ。


「寝れ、ない」
「ははは、興奮するからだろ」
「うるさい」
「よしよし」
「ていうかなんで綱海も寝てないの」
「そりゃあ、なあ。好きな子と同じ部屋ですかすか寝れるほど、無神経じゃねーからよ」
「…え」
「よし、寝んぞ。ひつじがいっぴき、ひつじがにひき、ひつじがー?」
「……さんびき、」


聞き間違いだったのかもしれない。夢なのかもしれない。確かめるように握る手に力を込めると、綱海は汗ばんだ手でぎゅっと握りかえしてきた。





101031
かきかけの放置してたらなんて季節外れ




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