かんかんかん、とリズミカルに階段を駆け上がる。この錆びた非常階段が私は好きだ。まず、音がいい。それから妙な格子模様なの、これもまたいい。それから、この、螺旋っていうのが一番好きな形。これを上がっていると、なんだかどんどん天国に向かっているような感じになる。って自殺願望があるわけじゃなくてね、ただ、ここを上っていったらいつか神様に会える気がするっていうか。私には願い事があって、それを叶えてもらうためには神様にいうしかないかなって。願い事っていってもめちゃめちゃ不純な願い事だけど、そもそも両親に頼んで叶うような願い事なら私はさっさと誕生日にでも頼んでたし、つまりはだ、その、親に言っても仕方ないしそもそも言えないし、早い話はそう、あれだ。
好きな人と、お近づきになりたい、わけだ。





そうして今日も私は近所のビルの螺旋階段を上るという迷惑行為(一応自覚はあります)を終え、封鎖されている屋上のドアの前に座り込んだ。がさごそがさごそ、鞄を漁って携帯を出した。それから、今日友達にもらったロリポップを出して口にくわえる。ロック解除、確認、メールなし。
結局今日も私は天国には行けなかった。神様はなんていじわるなんだろう、ちょっとくらい困ってんだから助けなさいよ。…この態度が良くないのか。でもさ、神様が恋だの何だの曖昧なものをつくったせいなんだし、やっぱり助けてくれてもいいんじゃない?彼女になりたいとは言ってないし、ただおしゃべりしてみたいだけだし。彼女できたら祝福してあげる覚悟もあるし!


「あ」


なんだ、不在着信来てる。タイミング的に何かを期待して名前をみたら、お母さんだった。ハンパない脱力感。一応確認したら、買い物を頼む内容と、ずらりと並んだ食品の名前。…最悪。
仕方なく、鞄を肩にかけて階段を降りはじめた。かんかんかん。リズミカルな音。…音?あれ、なんかズレて聞こえる。響いてる、っていうのとはまた別な音。かんかんかん。もう一人、誰かが来てるってこと?


「あ」


先に声をあげたのは、向こうだった。私はというと、完全に動きを止めていた。目の前にいたのは私の好きな人…なんていうおいしい展開ではなく、最近関わらなくなった幼なじみだったのだ。


「名前、こんなとこで何やってるんだ?」


首を傾げた動きに従って、水色の髪の毛がさらりと揺れた。片目だけ見えた目に、なんとなく目を逸らした。
風丸一郎太。いちくんから始まって、一郎太、風丸と大きくなるにつれて呼び方が変わった。実は初恋の相手だったりして、いつも一緒にいた。だけどあんまり関わる機会がなくなって、いつの間にか周りのみんなの呼び方につられて変わっていって。風丸はずっと、私を名前と呼んでいるけど。いちくんなんて、照れ臭くてもう呼べないし!ただ、風丸より一郎太って呼ぶ方が、しっくりきてたのは覚えてる。


「無視か」
「別に無視なんかしてないよ、単なる寄り道です!あ。風丸は?」
「俺?俺はなんかここを上ってった不審者兼幼なじみを見つけたから、だな」


くす、と笑う風丸を軽く睨みつける。そうしたら、はいはいとまた風丸は笑って、私のサブバックを持ってくれた。びっくりしたし、風丸には部活の荷物もあるから取り返そうとしたけど、なんだかご機嫌な風丸を見て、水をさすのはやめようと思った。


「で、何してたんだ?」
「何にもしてません。ねえ風丸、今日暇?」
「え?まあ、暇だな」
「よかった。じゃあさ、買い物付き合ってよ!お母さんが買い物全部押し付けてきたんだもん」
「ははっ、気の毒に」
「だから手伝ってね!」


風丸の横を通りすぎて、二、三段先を下る。かんかんかん。でも後ろから足音がしなくて、すぐに振り返ることになった。風丸は、立ち止まって私を見ていた。


「風丸?」
「お前さ、恋ってなんだと思う?」
「…ちょ、急にどうしたの」
「なんとなくだよ。クラスの奴らがな、好きな人の話みたいなのしてて。一人が、お前のこと好きだっていうから」
「っはああ!?い、意味わかんない!!!」
「だろうな。俺も昼の飲み物無駄にした」
「飲み物?」
「噴いたんだよ、ばかだよな」


風丸は伸びをしながら空を仰いだ。私は少し迷ってから、風丸の隣まで戻った。それからそこに座る。風丸も荷物を置いて、私の横に座った。なんだか機嫌よさそうに笑っている。こんなに喋るのは久しぶりで、私も楽しくなってきた。


「で、不思議なんだけど」
「うん」
「それからお前のどこら辺を好きになったのか気になってさ、しばらくお前を観察してみた」
「はあ!?」
「でもな、おもしろいくらいこれっぽっちもわかんなかったんだよ!かわいいだの気が利くだの、イマイチぴんとこなくてさ」
「何それ恥ずかしいよ…」
「名前はさ、豪炎寺が好きなんだろ?」


口の中で小さくなっていたロリポップを思わずかみ砕いていた。…え?なんで知ってるの。「なんとなく」、風丸はまたくつくつと笑った。いや…笑えないでしょ。ばればれってこと?もしかして見てたのばれてるかな…ううう。


「俺がわかったのはそれと、」
「何よ」
「あともう一個」


風丸はなんだか楽しそうだ。…いいや、好きにさせてあげよう。なんか急に疲れて、ぐったりと膝に乗せた鞄にへばりついた。風丸はすぐに手を伸ばしてきて、私の鼻をつまむ。うぐ、息くるしい。「なあ」「…だから何」
風丸は少し間を開けてから、私の鼻を放した。(ダジャレじゃないから!)それからまた、笑った。


「見てるとわからないけど、こうして喋ってるとさ、名前がかわいいっていうのわかったかも」


…ええと神様。我が儘なのはわかっています。わかってはいるのですが、恋愛というものについて教えてほしいのです。もし、もしもこのやたら熱い顔がその兆しなら、豪炎寺くんに対する気持ちが憧れだったなら。
「一郎太」、私の唇から久々にこぼれ落ちたのは、私の幼なじみ兼初恋の相手の名前だった。





100906
風丸かけない…





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