今日も僕は死ぬ。

足掻いたって無駄らしい、僕は、僕は、もう何回も死を体験していた。ある時は交通事故。ある時は通り魔。ある時は強盗に。ある時は、ああ、自分で死のうとしたんだっけ。
べつに僕が精神異常を来たしたわけじゃない。だってこれは真実だ。どうしようもなく淡々と繰り返される現実。僕は死ぬ。何度も今日を繰り返して、僕は死ぬんだ。

死ぬのはね、痛くて苦しくてもう頭がおかしくなりそうだ。そして、ある一瞬を越した時、急に感覚が消えて辺りがふっと遠くなる。真っ暗闇と、静寂。
そうしてしばらく経つと、聞き慣れた目覚まし時計の音が鳴り響く。ゆっくり起き上がってそれを見ると、六時半。いつも通りだ。死ぬ直前にこいつを弄ったって、必ず六時半に僕の鼓膜をがんがん揺さぶる。
それから僕は、適当に過ごす。ちょっとした違いで、僕の死に方は多種多様に変化する。玄関を右足から出たか左足から出てたかでさえ、結果が変わるのだ。ちなみに僕は右足から出るようにしている。こちらの方が、比較的死に方が穏やかな気がするからだ。

今日もまた私服に着替えて、右足から玄関を出た。それからしばらく歩いて、携帯を忘れたことに気づく。どうしようか迷って、結局引き返した。これは587回目にして初めての行動だ。どうなるんだろうか。
携帯は、リビングのテーブルの上にあった。ディスプレイを確認すると、時間は8時だった。明日というと違う気もするけど、次は学校に行こう。携帯をポケットに突っ込み、それから玄関を出た。もちろん右足から。いいじゃないか、こんなちっぽけなポリシーくらいあったってさ。

天気は最高によかった。毎日こんな日に死ぬ僕は運がいいのかよくないのか。今日は何時頃に死ぬのだろうか。午前中ってのは勘弁してほしい。しばらく歩いて駅前のコンビニに入り、携帯をいじりながら暇つぶし。そういえば僕、最初の方はずっとこいつと睨めっこしてたなあ。初めてこうなった時、予知夢なんだと思った。変えられない運命に、悔いが残らないようにしようって、大切な人にメールを送ろうとしたんだ。お別れのメール。だけど、実際なんて打てばいいかなんてわかんないし、僕はまだ死んでいないのに、どうすればちゃんと伝わるかもわかんなかった。だから、携帯握りしめて一人でベッドに転がってたんだっけ。
コンビニを出ると、そのまま陽射しの中をぼんやり歩いた。歩いているうちに、この道をどこかで使ったことがあると思った。確か、稲妻総合病院からの帰り道。変な道に出てしまったものだ。住宅街の中の変な道をよくもこう、選んで帰ったよね。時々僕の考えてることがわからないや。
住宅街の入り組んだ道を歩いてると、急に大きめの通りに出た。へえ、この道ってこう繋がってたんだ。いつもと違う道を歩くのは、何だか新鮮だ。目の前の横断歩道の信号はちかちかと、僕に警告を促している。立ち止まって、次に渡ろうと思った。思った、のに。

制服姿の女の子が、僕のすぐ隣を駆け抜けた。

あ、と思った時には彼女は髪をなびかせながら道路に飛び出していて、信号が赤くなったのも、見えた。あとからあとから溢れるように車が走っている道路に、彼女は飛び出したのだ。そんな、まさか。運が悪いことに視界の端から飛び込んできたのは大型のトラック。
次の瞬間、僕は地面を蹴っていた。僕の足なら間に合うと信じて、足がすくんだのか立ち止まっている彼女に思いっきりタックルした。一瞬だけ女の子と目が合う、だからにこりと笑ってみせる。僕はもう、慣れっこだからね。誰かの悲鳴が聞こえた、そろそろ来るらしい。最早慣れてきた交通事故の痛みに備え、目を閉じる。ああ、まだ午前中じゃないか。いやだなあ、それに大型トラックに引かれたら死体もあんまり綺麗じゃなさそうだ。轟音が近づく、明確な死が近づいて来る。ああ、来る、触れる。…触れ、る?





目の前の少女は、肩で息をしていた。がくがく震えている。真っ青で、今にも泣きそうな顔で僕の手を握って、いる。


「あれ、生きてる…?」
「っああ当たり前です!!」


体に痛みはない。唯一あるのは、彼女に痛いくらい握りしめられた手くらいだ。安心したのか、顔をぐちゃぐちゃに崩して泣きはじめる彼女の頭を、手を伸ばして少しだけ撫でてみた。僕の髪とは違う、柔らかな髪だった。


「も、生きてて、よかったあ…!」


ぽろぽろと涙を零す女の子に少し苦笑をしてしまって、でもそこでようやくある事に気づいた。
なんで僕は、今生きてるんだ?
本当なら痛みに耐えながら真っ暗闇が訪れるのを待っているはずなのに。なんで生きてるんだろう。少し肌寒いような冷たさにゆるやかに侵食されながら、ただあの暗闇を待っているはずなのに。僅かに覚えてるのは、引っ張られた感覚。


「もしかして、僕のことを助けてくれたのかい?」


泣きじゃくりながら頷く彼女を見て、僕は何ともいえない思いにかられた。胸があたたかくなるような、そんな思い。そういえば、生きてるってどんなことなのか、僕はわかってなかったかもしれない。死んだら、そればっかり考えてた。生きるって、こういうことなのかなあ。きっと轢かれそうになった僕を見て、必死に手を伸ばして助けてくれたんだろう。彼女の手は、少しあたたかかった。
どこかからサイレンの音がする。そうだよね、大事故だ。交通事故なんて、巻き込まれてばっかだからよくわかってなかったのかも。助けるはずだったのに助けられてしまった自分を情けなく思いながら、僕はまた出来るだけやさしく女の子の頭を撫でた。

587回目の死はきっとこないだろう、何故だか僕には自信があった。それは携帯を忘れたのも、コンビニに入ったのも、変な道を歩いたのも関係なくって、彼女の涙でぐちゃぐちゃな顔に、もう大丈夫だって確信めいて思えたんだ。





100905
神じゃないてるみん





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