「あつい」
今一番頭の中身をしめている言葉を口に出すと、南雲がこいつうぜえと言いたげな顔で私を見た。あ、ちょっとむかっときた。暑さで半減されてますけど。
「今こいつうぜえって思ったでしょ」
「おー、一文字も違わず正解」
「うぜー。で、まだ?」
「うっせ!」
南雲はさっきより乱暴に自転車をがちゃがちゃいじくりまわす。チェーンの身になにかあったらしい。しゃがみ込んだ南雲の背中は汗でTシャツの色が変わってる。私もちょっと心配になって、服の背中をパタパタさせた。
南雲も私も汗だくだく。
なぜこんな事態になったかというと、昨日の深夜2時に突如電話がかかってきたから。寝てたらどうすんだって文句言ったら、お前ツイッターにいたじゃんだって。さいですか。まあそんなのいいんだけど、問題は、用件の方でして。
『明日9時に迎えにいくから待っとけ』
なにかと。いやほんとに。南雲と恋人とかの関係ではないし、そんないきなり言われても困る。だけど深夜でテンションあがりきってた私は何故かふつーにOKしていた。
そして迎えた9時。颯爽と現れた南雲は自転車で、なぜか後ろに乗せられサイクリング開始。その間交わした会話は以下の通り。おはよう。乗れ。どこいくの?さあな。他は一切無言で、いい加減あついし意味わかんないしでどうでもよくなってきたあたりで、自転車がぶっこわれた。
「南雲ほんとに直せるの?」
「いや無理だろ」
「諦めて帰るに一票ー」
「は?ここまで重いの乗せて走ってきたのが無駄になるじゃねえかよ」
「おいチューリップ今なんつった」
べしんとその赤い頭を叩くと、南雲はいってえと叫ぶ。しるか!このチューリップめ!
今ので諦めでもついたのか、南雲は自転車をほうってぺたりと地面に座った。汚いな、と思うけど今さらだ。私はしんでもやだから自転車の後ろに軽く腰かけた。
「ていうか急になんだったの?」
「あー?」
「今日」
「おー」
「………いや早くいいなよ」
「海いこうかと」
私が南雲に返事をしたのは、たっぷり30秒後くらい。それも超マヌケに、へい?。ばかか。でもほんとにびっくりしたから。
その驚きが伝わったのか、南雲はまたうざそうに顔をしかめた。うわだからやめなよその顔、むかつく。
「ぐぐったら自転車で4時間だっつーから」
「は、」
「今年部活ばっかで海行き忘れてた」
はあ、とあつそうにだるそうに服をぱたぱたさせる南雲。
それからじっと私を見上げて、ふはっと笑う。こちらとしてはまるで意味がわからないんですけど。
「そうそれ」
「どれ!」
「行きてぇなって思ったら、なんかそのあほ面が浮かんでよー」
蹴ってやろうと思ったけど、南雲があんまりいい表情だったから一応とどまる。仕方ないからさっきのセリフ一部聞かなかったことにして…うん、なかなかいいこと言われたよ私!
「まあ今年はもうむりだね」
「これさえ壊れなきゃ行けたな」
「…まじでそう思ってんの?」
「うっせえな!」
「うわっちょっなんでぶつの!」
「来年こそは自転車でお前乗せて行く!!!」
…さいですか。おう!という会話のあと、南雲は立ち上がって、自転車を持ち上げた。ちょっとふらつく。数歩進むと、下ろして休憩。それがださくて笑うとまたぶたれた。
この調子だと、海にいかなくても家帰るのは夕方だろうなあ。
ちょっとだけきゅんとした、八月末のクソ暑いとある日のおはなし。
110830