耳にイヤホンをつっこんで、音量をぐっと上げた。家にいると聞こえる音量でも、外に出るといろんな音に掻き消されて消えちゃうから。私の好きなアーティストの曲が流れはじめる。やっぱいいなーなんて思いながら。
電車の大きめの窓から見える空は、今日も綺麗に晴れていた。委員会の仕事のせいで早く家を出る羽目になったちょっと低い私のテンションを上げてくれる。サビに入った曲も手伝って、なんだか今日がいい日な気がしてきた。なんかいいことありそう、だ!そう思っていた矢先、耳からイヤホンが抜けた。いや、引き抜かれたっていった方が絶対近い。


「うわっ」
「なに聞いてんの?」


私の後ろから身を乗り出してイヤホンを引き抜いた犯人は、さらに図々しくもイヤホンを自分の耳につっこんだ。それから、「あ、これ俺の好きなのだ」とにっこり笑った。犯人=一之瀬は、私の後ろから本来なら私が使うべき吊り革にぶら下がる。つまり、私に後ろから覆いかぶさるようになってるのだ。ちょっと重い、ていうか。…少し密着度高くないですか?


「名前っていっつもこの電車じゃないよね?どうしたの?」
「え?ああ、委員会の仕事で…」
「へえー。俺は朝練!」


サッカー馬鹿、と呟くと聞こえてたのか小突かれた。それから一之瀬は、今度こそ私を後ろから抱きしめるような形で吊り革にぶら下がった。「ちょ、ふざけんなこのヘンタイ!」「ひっどいなあ」一之瀬の声が耳のすぐ近くからする。くすぐったいやら恥ずかしいやらで、とりあえず縮こまって一之瀬との間にちょっぴりスペースを空けた。一之瀬がくすくす笑ってる。それも無視して、ミュージックプレイヤーの音量をあげた。小さな反抗だ。だけどすぐにもう片方も耳から引き抜かれてしまって、結局私は諦めてそれを鞄にしまう羽目になった。


「あ、やっとやめたね」
「はいはい」


一之瀬はうれしそうに笑った。人懐っこい、きらきらした笑顔。まともに見たらあてられちゃいそうだから(その、きらきらオーラに?)、私は前を向いてそれから逃れてみた。視界の端に映る一之瀬は、やっぱり笑ってる。
それから仕切に話し掛けて来る一之瀬と適当に話していると、降りる駅まであっという間で。今まで一之瀬が真後ろにいて、微妙にスペースを空けていたのがあって、私はこの電車が混んでいることをすっかり忘れていた。いつもだったらもっと降りやすい場所に移動してるんだけど、今日はここから乗降口まで行かなくてはいけないらしい。
すみません降ります、と口を動かそうとした瞬間、私の上からまったく同じ言葉がふってきた。それから少し体温が高めなてのひらに手首を掴まれて、私はそのてのひらの持ち主があけてくれた場所を簡単に通ることになった。そのてのひらは大きくて少し骨張っている。なんだか、一之瀬が一之瀬じゃないみたいだった。迂闊にも少しときめいてる、気がする。



人込みをくぐり抜けて無事降車したあと、一之瀬は振り返ってあのてのひらでぺちんと私の頭を叩いた。それから、スカートをぐっと掴まれた。「い、いちのせっ?」なにこれ、どういうこと。混乱する私をよそに、一之瀬はくいっとスカートを下に引っ張った。しかもさっきと打って変わって不機嫌そうに。ちょ、ちょっとなんなんですか。普通に変態なことをする一之瀬に、さっきのトキメキを返して欲しいと思った。乙女のハートは純粋なのだ。って、引っ張るのいつになったらやめるの。


「一之瀬、」
「短い」
「…は?」
「こんなんだから痴漢に狙われるんだよ。一人だったらどうしてたつもり?」
「い、一之瀬?」


一之瀬の言ってることがよくわからなくて、なに、痴漢?私がいつ痴漢に狙われたって?瞬間、頭に思い浮かぶ一つの答え。
もしかしてさっき一之瀬が後ろにいたのって、痴漢から守ろうとしてくれてた?
そうだ、何か理由がなくちゃさすがの一之瀬だってわざわざ抱き着いたりするはずないし。…いや断言はできないけど、さすがに高校生だし、そのくらいはわきまえてるよ一之瀬だって。つまり、一之瀬は私を助けてくれたってこと?


「あ、ありがと、一之瀬」
「何が?」


恐る恐るそういうと、一之瀬はさっきの不機嫌さと一転、朗らかに笑った。きらきら、確かにそんな効果音がぴったりだ。変にしらばっくれる一之瀬がおかしくて、私も思わず笑う。と、一之瀬は急に背を丸めて私のおでこをかすめた。かすめた。…え?かすめたって今、今のってもしかして。


「明日から、この電車でおいでよ」


固まった私をよそに、一之瀬はじゃあねと例のポーズをしながら走り去っていった。なんなのあのポーズ、気に入ってるんだろうな。なんてそんなことをいってる場合じゃなくて。
前言撤回。一之瀬は何もわきまえちゃいなかった。
いくら朝早いからといっても人はいる。周りの人の突き刺すような視線から逃げるように、私はイヤホンを耳に突っ込んで何も知らないふりをした。





100912
高校生パロというかなんかそんな感じ。





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