「たぶん大丈夫です」



綺麗に巻けた包帯をしっかり止めて、腕を解放する。臨也さんはそれを軽く指先でなぞってから、ありがとうと笑ってくれた。

帰り道、急に呼び出されて向かうと、包帯を巻いている途中らしい臨也さんに出迎えられた。びっくりして聞いたら、どうやら池袋でまた平和島さんと喧嘩をしたらしい。利き腕を怪我してしまっていたので、私が申し出るとあっさり治療を任された。意外だったけれど、指示された通り包帯を巻いていく。臨也さんは満足そうだった。
一通り終わったので、キッチンを借りてコーヒーをいれる。もちろん臨也さんの。インスタントじゃないコーヒーは、うちのよりいい香りがした。



「早かったね、今日は」
「新宿に用事があって、もう電車に乗ってたんです」
「だからか。君が来る前に巻き終えるはずだったから」



これ、と軽く包帯を叩く臨也さん。痛くないのだろうか。「大丈夫だよ」彼に言われた言葉にはっとして、曖昧に苦笑い。ばれてたみたいだ。臨也さんはコーヒーを一口飲んで、おいしいと言ってくれた。うれしいけど、どうしても包帯に目が言ってしまう。だめだなあ。



「気になる?」
「…まあ、少し」
「ごめんね、怪我なんてして」



困ったようにからかうように苦笑してそう言う彼に、心臓のあたりがずくりと痛む。気を使わせている。臨也さんはもっと酷い人間だと、聞いたことがある。それこそ人の傷を笑顔のまま抉ってしまうような。こんな曖昧な笑顔、らしくないんだろう。嗚呼、私がもっと強ければいいのに。あの時の白が脳裏に焼き付いてなかなか離れないのだ。
病院でベッドに横たわる両親。
スカートを握る手に力を込めて、ゆっくりと息を吐いた。大丈夫。こうして笑っていられるようになったんだ。それだけ、私は強くなっている。



「あの、臨也さん用事って」
「ん?ああ、大した事無いよ。近況でも聞かせてもらおうかと思って」
「えーと…」
「まあ早い話君が元気か見たかったって事だ」



臨也さんの赤い宝石が私を映して、だから私もにこりと笑う。大丈夫です、そう告げるのと一緒に。すると、臨也さんの綺麗な指が伸びて私の頬の輪郭をなぞった。びっくりしてその手を掴むと、臨也さんは目を細める。
あ。
少し背筋がぞわりとして、見透かされるような感覚が、申し訳ないけれど怖いと感じる。だって臨也さんはこんなに優しい。世間でどうかなんて私には関係ないのだ。優しくて素敵な人、でも何故か今怖い。



「…どうか、しましたか」
「君はまだ子供だから知らないかもしれないけれど」
「……は、い」
「笑ってられれば強いと思ったら大間違いだよ」



僅かに動きを止めると、臨也さんの指がまた私の頬をなぞる。それからひたり、私の目尻に冷たい指先が触れた。はっとして視線を逸らす。と、臨也さんは唇を一瞬だけ私のそれにあてた。息が詰まる。



「自分が強いと思うなら泣いてご覧」
「…いざや、さん」
「ほら、痛くしたらいいのかい?哀しませたらいいのかい?なんでも手伝うよ、君が泣けるというなら」
「いざや、さ」
「俺、しのうか」



ひっ、喉が情けない音を出した。自分でも顔が歪んでいるのがわかる。臨也さんに触れる手が震えているのが、わかる。
途端、臨也さんが優しく笑った。
ごめんね、そういいながら私の事を抱きしめる臨也さん。はくり、空気をたべる事しかできない私はその背中に弱く手をまわすことも出来ない。臨也さんはそんな私の事なんかお見通しで、あのひんやりした手でみっともなく宙で漂う手を繋いでくれた。



「しなないよ」
「…は、い」
「まだまだ子供なんだから、強がらなくていいんだよ君は」
「………はい、」
「甘えて」



臨也さんはそう、囁くように言ってまた私を抱きしめる力を強くした。私も握る力を強くして、縋るように彼の真っ黒な服に顔を埋める。
でも、子供という言葉に胸を痛めてる事まで臨也さんは知っているのだろうか。さっきとは違う場所で、きりきりと切なくなる痛みに。この曖昧で得体の知れない関係に、呼吸が苦しくなるような感覚を覚えている事まで、彼はお見通しなんだろうか。私は臨也さんの傷の痛みもその思惑も何も見えないけれど、同情じゃないことだけは知っている。





1100430
二万打記念。
くくりさんリク。




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