「あ、あ、ヒロトー!」


少し離れたところから、悲鳴というには少し間の抜けた声がする。俺は悪戦苦闘していた瓦礫から一度手を離して、ぐるりとあたりを見渡した。「どこ?」「ここー!」ここじゃわかんないよ。なんて思っていたら、ひらり、手のひらが向こうの瓦礫の山からのぞいた。
瓦礫を慎重に乗り越えながらその場所に向かうと、案の定彼女はぺたんとのんきそうに座り込んでいて、俺を見るなり「あし!」といってそこを指で示した。ちいさな隙間にがっちりと挟まっているブーツ。やっぱり。もう手慣れたもので、挟んでいる瓦礫を少しだけ持ち上げてやると、彼女のブーツはその牢獄からするりと逃げた。


「ありがとう、ヒロト」
「どういたしまして」
「うん。あ、せっかくだから少し休もうよ」


彼女が横にずれてあいたスペースをぽんぽんと叩くから、そのちいさな隙間に遠慮なく座る。案の定ぴったりと体はくっついたけど、彼女はそのまますりよってぴったりと俺にはりついた。少し早くなった心音が彼女に聞こえやしないかとひやひやするけど、俺はいたって冷静そうに彼女の髪をなでた。
視線をあげると、灰色の空。地平線まで続く大であれ小であれ、たくさんの瓦礫。何年か前から始まった地球の崩壊にそうそうに見切りをつけた人類は、この地球を捨ててあの灰色の空を突き抜けた先に飛び出していった。その人たちはみんな一様に脳にチップを埋め込んで、体の構造を少し変えた。宇宙でも生きていけるよう、科学によって進化したのだ。新人類。今この地球に残っているのは、進化をしないでいる数少ない旧人類。俺も彼女もその旧人類で、だからまだこの今にも息絶えそうな地球とひっそりと暮らしている。
その時、灰色の天井にまっすぐつっこんでいくロケットが見えた。ああ、そういえば、そろそろ宇宙行きロケットはなくなるんだっけ。ちらりと彼女を見ると、予想通り彼女はまっすぐロケットを見ていた。


「君は、いいの?」


この地球に残って。
残るということはつまり、そういうことだ。はるか昔の人々のように、文明なんかない時代の人のように生きるということだ。彼女はこちらを向いて、あのロケットを見つめていたのと同じ目で俺を見た。


「いいよ、私は。なんで?」
「だってその、もう何にもないんだ。新人類が全員行ってしまったら、もうそれこそ食料さえどうなるかわからない」
「ヒロトは怖い?」


彼女の目に映る俺は、静かに無表情だった。そんな自分が嫌で、にこりと笑う。「怖いかもしれないね」嘘を、ついた。でも彼女がそんなことに気づくわけもなく、ただ笑って俺の背中をばしんと叩いた。


「全部がなくなるわけじゃない!」
「そう?」
「言葉があるよ。それで、私とヒロトがいる。瓦礫をかたづけたら、家ができる」


彼女はブーツをぷらぷらとゆらした、ほんとうに幸せそうに笑う彼女は何を考えているんだろう。なんで一人ここに残ったんだろう。俺みたいに両親がいないわけじゃない、俺みたいに君に恋してるわけじゃない。君がいるから、怖くてたまらないけど残ったんだ。最後の通告の時君が迷いなく残るといったから、俺もですと言ったんだ。


「ねえヒロト、人間は進化してきたんだよ」
「え?」
「長い長い時間をかけて進化した。手術なんかで自分の都合でした進化とは違う。ちゃんと生き残れるように、神様の愛で進化したんだ」


彼女は時々おかしなことをいう。俺の好きな髪はかすかな風にひらりとまって、でも彼女はそれが邪魔だといわんばかりに耳にかけた。いつにもましてテンション高いなあ、なんて考えながら相槌をうつ。「そうかもしれないね」神様の愛なんて、彼女は無神論者だとすっかり思い込んでいた俺がいた。


「だからきっと、新人類はいつか滅びてしまうよ。この地球以外に、人間の居場所なんてなさそうだと思わない?」
「でも、旧人類も滅びるよ」
「そう。今のままだと滅びちゃうよ。だからねヒロト、一緒に進化しよう。この地球と、ヒロトと、わたしで」


彼女の目は、いつかテレビでみたあのたくさんの星がきらめいていた空のように、きらきらと輝いていた。それから彼女は立ち上がるとぱんぱんと砂をはらって、休憩おわり!とまた近くの瓦礫に手をかけてうんうん唸る。彼女の華奢な手にはそれは大きすぎるし似合わないし、何よりその手は俺とつなぐためにあるのだ。この広い惑星で、俺と彼女、ひとりぼっちにならないように。怖いけど、すごく怖いけど、彼女をひとりにするほうが嫌なんた。俺は彼女と一緒にいきる。だから俺も、そのいとしい少女を手伝うために立ち上がった。
今はもう、空は灰色。地球は瓦礫に覆われている。この死にかけたほしで、いつか僕らは滅びるだろう。その日まで僕らは生きる。進化をしよう。君と、僕と、このほしで。





101212




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