「お前、さあ」



ぽつり、静雄が呟いた。
さっきから口を開いては閉じてを繰り返していた彼にいい加減痺れを切らしそうだったけど、ここまで我慢した甲斐があった!自主的に口を開こうとする同級生に、興味無さそうにずいと耳を寄せた。いや矛盾してるってわかってるけども。



「う、なんだよ」
「周りうるさくてよく聞こえなくってさ」



あ、ヤバいと思った瞬間に口をついて出た言い訳。表情筋が動いた感じはないから、きっとひょうひょうと言いのけたのだろう。恐ろしや私。確実にあの人間大好きな猫被りんの影響を受けている気がする。

さて、問題は静雄だ。
あの男は嘘が八割だからまだ扱いやすいけど、どこまでも純粋素直な平和島君の相手は非常に気を使う。
この間の恋バナ大会(臨也開催)では本当に気を使った。さすがに初恋があの、あれ、静雄がいうノミ蟲だなんて言ったらどうなるか。顔だけはいいから惚れましたなんて、静雄はたぶんショックを受けるだろう。実質、静雄の初恋の話は本当にかわいらしくて和んだ。ていうか臨也明らかに私の初恋知っててやったなあんにゃろう。



「…あの、よ」
「うん」
「お前…さ」
「うん」
「………あの、」



ちょっと待てなんだこの永遠ループ。

そわ、と視線をあちらこちらに彷徨わせる静雄は正直言ってかわいい。わしゃわしゃしたい。ム●ゴロウさんになれそう。
だけど、さすがに視界にあの男が入ってきたら話は別だ。廊下からにやにやこちらを見ている。ねえ静雄、あれの顔面一発殴って包帯ぐるぐる巻きにしてくれないかな。



「なあ」
「ん、なに?」
「………匂い」
「…ホワッツ?」
「お前の匂い、それ、なんだ」
「え。に、臭う?」
「違、違ぇよ!なんつーか、最近妙に人工的な匂いがするっつーか…」



赤くなってもごもご喋る様子は、見た目に反して小動物的だ。そんな静雄は最高にかわいい。ぶっちゃけ私の弟にしたいランキング第一位は静雄に出会ってからずっと彼だ。不動の王者。姉ちゃん、なんて言われたらときめく。かな。あ、でも幽くんのお兄ちゃんな静雄もかわいい。
って、脱線しすぎじゃないか私。静雄のこと愛で過ぎて変態みたいだよ。

ようやく働く気になった脳に、先ほどの彼の言葉をリピートさせる。匂い。人工的な、匂い。
相変わらず廊下からこちらをニヤニヤしながら見てくる臨也と違って、香水なんて洒落たものはつけない主義だ。最近で、人工的。…あ。



「それってさ、」
「おう」
「制汗剤の匂いのこと?」
「…あの、ぷしゅーって奴か」



口で言いながらジェスチャーをつけてくれるあたり流石静雄くんである。
今度から制汗剤はああやって表現しよ。

まあそれはおいといて、私が急に使い始めたことに疑問を抱いたらしい静雄。さて、実はこれにも臨也が絡んでいたりする。ほんとに臨也と私は切っても切れない関係なのか。うわ、言ったの自分なのにかなりショックだ。



「臨也がさ、汗臭い女子はどうよって鼻で笑うから、あいつの奪って使ってるんだよね。でも男子でシトラスの香りって、ちょっ、と…静雄?」
「殺す」
「へ?」
「やな予感はしたんだよなあ…わざとだろうな、ああわざとだろうよあいつなら」
「わかりやすくお願いします」
「臨也殺す」



うん、静雄が廊下に背を向けているが為に防がれてるけど、振り向いた瞬間に大惨事だろうな。
そう思案して、乱暴に立ち上がった静雄の手をぱしりと掴む。それに指を絡めて、立ち上がった彼を上目で見つつ軽く首を傾げた。咄嗟に静雄が好きそうな、かわいい女子系の動作をセレクトした私は流石かもしれない。



「…ん、だよ」



案の定赤くなる静雄。
廊下の向こうで臨也が爆笑しているのが見えた。悪かったねガラじゃなくて。



「何がいやなの?」
「…別にそうじゃねえけど」
「じゃあなんで」
「………お前の、なんかその、匂いっつーか。あちこちで同じ匂いするから、変な感じすんだよ」
「つまり?」
「…笑うなよ」
「約束する」



ほんとだな、約束だぞ。うん、信じて。そんな小学生みたいな拙い会話を数度繰り返して、ようやく静雄は口を開いた。



「お前、の…匂いがわりと好きだったっていうか…。俺のまわりは男ばっかだから、なんつーか…、うー…」
「私の匂い?」
「ふにゃふにゃしてる感じの。なんかすげえ和む…って別に変な意味じゃなくて、あの、晴れた日に干した布団がいい匂いだなあみたいな感じだぞ!!」
「ああ…まあわからなくもないや。私も静雄の匂い好きだし」
「………………んあ、」



ぽふんと音が鳴りそうなくらい見事に赤くなった静雄は、この瞬間間違なく世界中の誰よりもかわいかっただろう。

間抜けな声を出した直後に、ぱしんと口許を押さえた彼、今更ながら赤い顔やらもろもろを隠そうと思ったらしいけど、私の脳内フィルムにはくっきり焼き付いている。
ていうか、そんなに赤くなられると私まで赤くなっちゃいそう、だ。
ヤバいなあ、と静雄からさり気なく顔を逸らして手で扇ぐ。静雄も真っ赤なままぷるぷるしてるから気付かれなさそうだけど。



「な、あ」
「うん?」
「…っ無駄なモン、つけんなよ」
「ああ、制汗剤ね。了解。私もそこまでこの匂い好きじゃないし」
「じゃなくて」
「え?」
「臨也に言われたから使うってのがそもそも気に食わねえから」
「…なるほど」
「……俺に言われたからやめたって、ちゃんとノミ蟲に言えよ」



くっそあいつ、俺がお前の匂い好きだって言ったから絶対それ勧めたんだぞ、ほんとにあいつ一回死ね、いやもう何回でも何十回でも死にまくれ。

照れ隠しなのか、私からすぐに顔を逸らしてそんな呪詛をボソボソと呟く静雄。でも残念ながら呪詛なら私が吐きたい。静雄の分もまとめて、藁人形に釘でも打ちながら、本格的に。
いやだってさ臨也、昔は確かに君が好きだったけどさあ、私だってあれは黒歴史なんだよ。今は別の恋に生きてるんだよ。純粋な乙女の恋なんだよ。それで気になるお相手から、臨也、お前が嫌われてるがゆえの台詞だったとしても、あんなこと言われたら舞い上がっちゃうんだよ。だから。

廊下から私の赤い顔見て爆笑すんのやめろマジでキレるぞクソノミ蟲。

苦しそうに悶えながら爆笑する臨也に静雄が気付いて、それに気付いた臨也が逃げ出して。結局、例の如く大惨事になるのにそう時間はかからなかった。





10.05.23
 




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