「さいあく」
「…悪い」
「早くどっか行け」
「ごめん」
「嫌い」
「許して、くれ」



苛々苛々苛々苛々。

何にそんなに苛つくのか、その発端は平和島静雄という私の恋人から元恋人になろうとしている人で、さらに火に注ぐ油の役割を果たしているのも彼だ。
午後二時のうららかな陽射の中で、私たちはただ無駄とも言える言葉の応酬をしていた。


静雄はやたら有名人だ。
理由はわかってる、化物じみた力の持ち主だから。さらにそれは押さえることのできない類いのものであるから、彼は喧嘩人形として今日も池袋最強に君臨している。
そんな彼と付き合っているのは自分でもなかなか信じられないけど、それは置いといて。
静雄とのデートはそういった理由から基本的に彼の家で寛ぐのがメインだった。さり気なく手を繋いでみたり、抱き締めてみたり、キスもたまに、つまりそれなりにいちゃいちゃと幸せに。



今日もそうなるはずだった。
でも、今日は何故か手を繋ぐのを拒否された。包帯が乱雑に巻かれていたから、怪我をしてるのかって心配して。
だから巻き直してあげようって。
そうしたら、静雄はものすごい素早さで、その手をポケットに突っ込んだ。
え、と声を漏らすと、気まずそうにその視線は宙を漂って。



「…嘘つき」



仕方ないから、勝てないとわかっていても、その手を無理矢理引っ張った。
ぐいぐい引っ張って、でも静雄はやっぱり無言のまま動かない。服から煙草の匂いがした。
とうとう耐えられなくなった私が、その煙ったい服に顔を埋めて泣き出しそうになった途端、あっけなく静雄の右手はポケットから出て私の背中にまわされた。

その瞬間に、彼の包帯に飛び付いた。

気付いた彼はすぐに抵抗したけど、そこは私の方が早かった。だって私相手じゃ静雄はろくに抵抗できない。
そうしてようやく見ることができた右手、そこには傷一つなくて。



「怪我じゃないじゃん、もういい、喧嘩でリング壊したとか…信じられない」



ただ、ペアリングが姿を消していた。

嫌な予感がして問い質せば、案の定静雄はそれを喧嘩の最中に壊してしまったらしかった。
静雄が初めてくれたもの。
いきなり初デートとも言えないただの遠出でこれを貰った時は驚きを越して引きかけたけど、照れまくっている静雄と、それを受け取った時の嬉しそうな顔が、なんだかちょっとくすぐったくって。
試しに、つけてみた。
それを見た静雄が、嬉しそうにするから。
そんなくすぐったいやり取りをしているうちに、いつの間にか付き合うようになってた。
そんな大切な想い出の欠片を。



「悪かった。…だから、泣くのは勘弁してくれねえか」
「うるさい」
「壊したのも、隠そうとしたのも謝る。本当に俺が全部悪い。だから、あー…その半泣きみたいな顔やめてくれ」
「泣いてない」
「…名前、ごめん」



静雄はぽんぽん、と私の頭を叩いた。
苛々する、なんでなだめられそうになってるんだろう。なんで私は別れるはずの男に抱き締められているんだろう。なんで、抱き締められたまま別れ話をしているんだろう。



「絶対許さない」
「…あのな」
「許さない、ほんと腹立つ。無駄に心配したのも、私だけまだリングしてるのも腹立つ。こんなの捨ててやる。捨ててやるんだから!」
「……捨てんのか」
「悪い?」
「捨てたら、お前のこと拉致るぞ」
「関係ないから。別れるの。っていうかそれ犯罪じゃん最悪」



我ながら、子供っぽいとは思う。
特に静雄は落ち着き払っているし、私だけ駄々をこねているようで。

何より、自己嫌悪。

静雄の性質はわかってるつもりだ。
静かに暮らしたくて、でも沸点が低いから喧嘩っぱやくて、彼は彼なりにその力について悩んでる。
だけど彼と違う私はその悩みの相談には答えられない。だから、その力のことには出来るだけ触れない。黙って、静雄がいつか答えが出せるように支えるって決めてた。

でも今私は、こんな形と言えど彼の力の事を咎めてしまっていて。
子供染みたこの感情のせいで、もしかしたら彼の深い部分に傷をつけているかもしれない。さっきから私に触れている指先はとても優しくて、でも私の言の葉は彼を傷つけているのかと思うと。



「も、最悪…」
「…悪かった」
「じゃなくて、自分だって。ごめん…静雄、別れようか。私、」
「なんで手前が謝んだよ」
「…だって」
「だっても糞もねえ、悪いのは百パーセント俺だけだ。…だから、別れたいんだってんなら、この手は潔く放す」



リングの無くなった右手が、するりと柔く私の頬を撫でた。
ん、と静かに目を閉じる。
静雄の指が私の唇をそっと撫でて、それから彼の顔が近付いて来る気配がした。



「待って、駄目」



唇の前に指を二本立てて、彼の少しかさついた唇を受け止める。
目の前でひく、と彼のこめかみが震えた。
そりゃあそうだろう。静雄はめちゃくちゃヘタレで照れ屋だし、恋愛経験不足で、なかなかキスする雰囲気まで持っていけない。今日みたいに私の手助け無しでキスまでもっていけたのは、まだ二、三回目くらい…?

でも仕方ない。これだけは言わなきゃ。



「次は、出かけよう」
「あ?」
「少しこれより細目のペアリング買おうよ。ぶかぶかで、親指しかできないもん」
「…わかった」



ちょっと恥ずかしそうに顔を背ける静雄を見ていると、相変わらずなんだかくすぐったくなる。でも、鈍感。
静雄は、いつだって鈍い。



「あのね静雄、」
「なんだよ」
「今度はもっとずっと細くしてね。四回りくらい細く」
「…四回り?」
「それで、左手に欲しいな」
「………え」
「っべ、別に嫌ならいいよ!さっきまで別れる云々言ってたの私だし、違う指でも静雄とペアのならそれだけでいいし、」
「名前」
「ただあの…予約済み、にしてほしいっていうか…あの、静雄」
「…今度は絶対壊さねえ」



ぎゅうと背中に回された腕に力がこもる。
少し痛いくらいのそれは、静雄らしい愛し方だ。優しいくせに、不器用だからこうなってしまう。でも私はこの愛され方が何より、好きだ。

当たり前、と言おうとした瞬間に目の前の瞳が閉じられた。静雄の手が後頭部に回されて、ほんの少し力が入る。
出すつもりだった言葉を飲み込むと、今度は大人しく目を閉じて、そして





10.05.01
 




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