ああ、うう、まずいぞ、これは。
目をかっと開いて、筆を握りしめた手にぎゅっと力を込める。身を起こして、もう一回目の前の書類の字を追う。…はっ、やばい、まただ。飛びかけた意識を無理矢理かき集めて、書類に集中。だめだ、私、早く終わらせなきゃ。


「おい」
「………た、たいちょう」


またうとうとし始めた時、聞き慣れた声が耳に飛び込んできてぼんやり前を向く。ちなみに眠気が吹っ飛ぶのにまったく時間はいらなかった。
私の、我が隊の、いやもっと大多数の憧れ。日番谷隊長が私の机の真ん前にいらっしゃったのだから。
驚きすぎて私は筆を持ったまま目をかっぴらいて固まってしまった。なんでなんでなんで。ここは隊長がくるところなんかじゃない、平隊士の仕事部屋だ。なんで日番谷隊長が私なんかの目の前にいらっしゃるんだ。夢か。私はまだ寝ぼけてるんだろうか。


「ゆ、ゆっちゃん」
「…なに?」
「ほっぺ、ほっぺたつねって、わたし、」
「何寝ぼけてんだ。ほら」


隣の同期の袖を引っ張ってほっぺたひ引っ張っている私を見て、日番谷隊長ははあと一つため息をつかれた。それから、私に一枚の紙を渡してくださると、読んでみろと無言で示された。いただいた紙に目を落とすと、信じられない文章。
再び目をかっぴらく私、隣のゆっちゃんがおずおずと紙を覗き込んできて、私の背中をばしんと叩いた。そんなまさか。日番谷隊長の顔を見る。


「来週からは居眠りしてる暇ねえぞ、名字十席」


日番谷隊長はため息混じりに、からかうようにそうおっしゃった。それから真っ白な羽織りを翻して部屋からいなくなる。見慣れたはずなのに、やたらその背中の十が目に焼き付いた。
一度静まり返った部屋、私はゆっちゃんの背中をびしばし叩いた。こんなことがあるだろうか。ゆっちゃんのいてーよという低い声で叩くことはやめたけれど、この喜びをどうしていいかわからずに両手をばたばたさせた。


「おいおい名字、どうしたんだよ」


向かいの田中さんがきもちわるそうに私を見た。構うもんか。今の私はきもちわるくたっていいんだ、こんなこと一生に何回あるかわからないんだから!私は田中さんにびっと手にあった紙を突き出す。


「私、第十席になります!!!」


部屋がざわりとした。それから次第にあちこちから拍手が聞こえて、おめでとうという声があがる。みんな、みんなありがとう!
だけど浮かれてばかりいられない、私は席について意気揚々と書類に向き合った。来週からは居眠りなんて絶対しない、だって私は第十席だから!…って、なんだこれ。書類には何故か墨があちこちに飛んでいた。


「なんだこれは…!」
「さっき筆振り回してただろーが」


田中さんが呆れたように呟いた。あ。ゆっちゃんのため息が隣から聞こえる。私、ほんとうに第十席になっていいのかこれ。なんだかすごくそう思った。





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