「はじめまして、リクルート君」
ようやくそう言えた。
パリっとしたシャツにネクタイ、おおよそ荒川の住人には見えない。ぺこりと頭を下げると、リクルート君もあわてたように頭を下げた。ああなんだ、やっぱりいい人。そうだよね。ニノの恋人だもんね。
「ずっと避けててごめんなさい」
「いや、ぜっ全然気にしないでください!それより体調…」
「もう大丈夫。ありがとう」
そういうと、ほっとしたように笑うリクルート君。私の魚をいっぱいたべたからな!というニノに思わず私も笑みがこぼれた。ほんとうに毎日毎日信じられないくらいの魚を持ってこられて、私が寝ていると枕元において行くものだから、P子のもってきた野菜にまで匂いがついて大変だった。
不意に、ぱしっと手をとられる。顔をあげるとニノで、もう片方の手にはリクルート君の手。意味がわからなくて瞬きすると、握手だ!とニノは言った。
「へ、握手ですか?」
「仲良しの第一歩というからな!」
「はあ…」
「じゃあリクルート君、せっかくだし」
リクルート君に手をのばすと、リクルート君もそうですね、と手を出した。握ろうとしたその瞬間、その手を横からさらわれる。え、とそちらを見るよりも早く、ぐんと手を引かれて走り出すことになった。
「星!!!お前なんだよ急に現れて…っもしかしてずっと見てたのかよ!!!!!」
「お前の毒牙にかからないようにな!!!!このセクハラ野郎!!!」
後ろから、セクハラやろー!という鉄人兄弟の声と、それを必死に止めるリクルート君の声がした。私はというと星に手を引かれているものだから、振り返る余裕もなくそのまま走る。星は一切私をきづかったりしなくて、なんとなくいつかを思い出した。私、あの時も追いつけなかったよなあ。
と、急にぴたりと星が止まったから、私もようやく止まることができた。肩で息を整えていると、星が待ってろ、と言ってトレーラーに消えた。すごいデジャヴュ。おかしくて、すでに息がくるしいのに笑ってまたくるしくなった。
「走ればかやろう!遅い!」
間もなくトレーラーから出てきた星にそう叫ぶと、ギター抱えて走れるかバカ!と叫び返された。あ、確かにギターだ。仕方ないから私が駆け寄ると、星はびっくりしたみたいに私の足元を見た。
「お前それ」
「他に走れる靴ないんだよね」
「今度買いに行くぞ。せっかくそんな格好しても靴がそれじゃ馬子にも衣装ガタ崩れだからな」
「変かなあ、私気に入ってるんだけど」
この間、私が寝込んでいる時にマリアに着せられていたワンピース。自分じゃ着れなかったそれを、ようやく着れた。だけど星は足元のスニーカーが気になるみたいで、また自分だけ変な心配してたんだなあと思って笑った。似合わないって言われたらどうしよう、なんてばかみたいな悩みだったようだ。
スニーカーは、ずっと前星にもらったやつだった。やっぱりデジャヴュだなあ、と思いながら私はゆるいそれを足をゆらしてぶらぶらさせた。
「まあお前がいいならいいけどよ」
それより新曲があるんだ、そう言ってギターを構える星。こんなの久しぶりだなあと思いながら、ぱちぱちと拍手をした。と、P子の悲鳴が聞こえてそちらを向く。あれ、またなんかやらかしたのかなあ。ケガとか、大丈夫かなあ。
瞬間、がしりと手首を掴まれて星を見る。ぴたりとあう視線。私がそらすより先に、星がそっぽを向いた。
「P子はジョウブだからダイジョウブだ」
「…なにそれダジャレ?だとしたら全然できてないよ」
「ちげえよ!!!」
俺の歌を聞くのが先だろうが!そうわめく星にはいはいと返事して、また拍手する。きっとP子なら大丈夫だ。それに、私のこの気持ちを知ってるから、べつに今回くらい駆けつけなくても怒らないと思うし。やきもちかはわからないけど、今まで人見知りで星とマリアくらいとしか大して話せてなかった私がみんなと話すようになって、星はたびたびこうして私をさらってくれる。
それが、うれしい。
相変わらず私はきたなくて、それに気づいてからさらにみんなと話すようになった。でもいつの間にか話すことがすごく楽しくなって、会話が弾む。星はそんな私を時々こうして、さらう。その時私はせつないくらいどきどきしたり、星の笑顔にくぎづけだったり、たった一つの言葉にいちいち一喜一憂して。
きたない部分もとげとげな部分も全部全部きみの熱でとかされて、きみのやさしさでくるくるまるめられて、きれいなまるになる。
私はかぎりなく透明な、やさしくてきれいな恋をしている。
ねえ、すきだよ。
110402
end