一歩、踏み出せばいい。
星が好き。それは確かなこと。だけど私はおくびょうものだから、一歩ですら踏み出せない。私は素直になれないから、星の近くまでいけない。星を好きになりたくなかったと思うくせに、諦めることもできない。未練がましくただ、すがることしか知らないのだ。


「まーりーあ」
「何?」
「…私、女々しくない?」
「随分今さらな話ね」


マリアは流れるようなきれいな所作でイスに座ると、テーブルに肘をついて私をじっと見てきた。長いまつげはすべて上を向いていて、頬に影を落としている。当たり前に、うらやましいと思った。大きな目に通った鼻、ふっくらとしたくちびる。肌も真っ白でスタイルもよくて、それから綺麗なロングヘアー。


「女々しさなら星君も同じでしょう」
「違う!星は、だってちゃんと自分の気持ちに素直に向き合って…ニノを好きでいるじゃない」
「貴女は?それをできないの?」
「っ、」


咄嗟にくちびるを強く噛む。そんなこと言うのは、ずるい。私は、私はだってそんなに強くない。逃げる方がよっぽどラクだしそれの方がいいし、私は星が好きだけど、本当にそんな、星とくっつきたいとは思ってないんだと思う。だってそうだよ、私は星のこと好きにならない方がよかったって考えるし、自分の気持ちを消したくて消したくてしょうがない部分だって、あるのだ。確かに好き。大好き。傍にいたいふれていたい私を見てほしい。だけど私はただ、諦める機会を図りそこなっているだけなのかもしれない。


「ニノちゃんの気持ちは星君に向いてない。リク君に向かってる。それをたぶん星君もわかってる。わかってて、それでもニノちゃんが好きなんでしょう」
「…そうだね」
「貴女も。違うの?」
「………私は、でも、好きになったこと後悔してるよ」


言ってて、悲しくなった。声が小さく震えた。下を向いて膝の上で手を握りしめる。つい半年前まで、下を向けばそこには私の髪がゆらゆらと揺れていたのに。あの頃は、ただ純粋に星を好きでいられたのに。ニノに嫉妬したり、新入りを徹底的に避けたり、星さえ遠ざかってほしいと思うほどきたなくなってしまった。きれいになりたい。星みたいに、笑っていられるようになりたいよ。


「…ねえマリア」
「ナマエ」
「なに?」
「私は貴女よりは長く生きてるから、いろんな男と付き合ったことあるわ。大抵は脳の足りない下等生物。だから私は好きになってはいなかったけど、好きになろうとしたことすら後悔してる」
「うん」
「その相手は、もちろんダイキライよ」
「…マリア?」
「嫌いじゃないなら、後悔なんてしてないと思うわ。意地っ張りのクソ女」


そう言ってマリアは、意地の悪い笑顔になった。それから、私のイスの足を蹴飛ばして立たせると、玄関から突き出される。バランスを崩して転ぶ私の上で、マリアは中からもってきたさっきまで私が飲んでいたであろうティーカップをひっくり返した。冷えた残りが、頭の上から降り注ぐ。


「マリア!?」
「河川敷から出なさい」
「…え」
「きったないのよ貴女。ぐずぐずぐずぐず、そういう醜い感情をもった屑人間はこの河川敷どころかどこにもいる価値はないわ。さっさとその川にでも飛び込んで汚い部分ごと全部流してもらったら?」


マリアは容赦なく私を罵って、がんとドアを閉めた。ぽたり、と雫が髪から滴る。ぽたり、ぽたりぽたり。
気がついたら私の目からも涙が零れていて、その止まらない水は誰に拭われるでもなく既に色濃く濡れた服に落ちた。マリアにも見放された。私の一番の仲良し。その彼女にああまで言わせたということは、きっとP子や村長やシスターや星は、もうきっと私にここにいてほしいと思ってないんだろう。そうだよね。私はきたない。みんなの和を乱す私が、ここにいて、いいわけがなくて。
その時私ははじめて、しのうと決意ができた。





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