「…ほし、おきて」


か細い声が出た。自分でも信じられないような声。なんで、なんで。その疑問だけはぬぐわれることはなくて。そのとき、ちいさなうめき声が聞こえた。星がかすかに動いた。そのシャツをもう一度つかむ。おきて。おきないで。矛盾だらけ、パラドックス。ああでも、ひとつ。

すき、だよ。

さっきと同じで空気を食べるようになってしまったけど、そう口を動かす。捨てようと思って忘れられなくて、後悔してもやめられなくて、しのうと思ってもまだこの胸にへばりついて離れてくれない気持ち。本人がこんなに近くにいて、音に出していないとはいえ緊張でふるりと震えた。


「―――ん」


向こうを向いていた星が、ちいさく声をもらして身を起こした。心臓がはねる。まって、まだ準備が。だけど寝起きの彼はマイペースに伸びをしながら、私の方を見た。


「…お、きてる」
「………うん」
「……ナマエ?」
「う、ん」
「起きたん、だよな?」
「うん」


星はキンギョみたいにはくり、と口を動かしたあとに急に私をおもいっきり抱きしめた。…え?一瞬認識が追いつかなくて、変な声がでた。笑われる、と思ったけどそれもない。星はただ力いっぱい私を抱きしめてるだけ。余計にわけがわからない。手持ち無沙汰な手を彼の背中にまわせるほど私は強くもなくて、すごくふれたいのに結局宙ぶらりんの手は力無くベッドの上に落ちた。
こんな時でもどくどくうるさい心臓。星は心配してくれてるだけなのに、なんでそうなるの。泣きたくなる。きたない。「ほし、」また情けないくらいか細い声でそう呼ぶと、星はばっと体を離した。肩はがっしり掴まれたまま。


「っお前バカすぎだろ!!!!!」
「、は」
「最近様子おかしいから悩みでもあんのかと思って相談に乗るっつったら避けられるし、でもマリアんとこには行ってるみたいだし、俺じゃ駄目なのかって思って仕方なくほっといたら今度は寝ぼけて川に落ちる!!!!」
「星、」
「んななあ、なんか病気みてーになるくらいまでなんで俺んとここねーんだよ馬鹿!!!!ばーか!!!!!」


耳がきんと鳴るくらいの大声で怒鳴りつづける星。ツバが飛んできてる。でも、こんな星は初めてで何も言えない。がくがく揺さぶられて、わけがわからない。ただ星は半泣きで、私も半泣きだった。それがお互いになんの感情によるものかはわからないけど、大人とは思えない顔をしていると思う。どんだけ心配したと、と叫んだあと、星は我に返ったのかひとつ深呼吸をした。それが震えていることに気づいた時、星は半分じゃなくて全部泣いていた。ぼとぼと涙をベッドに落として、顔をくしゃりと歪ませて。ああ、そうか。大人じゃない。今はたぶん子供なんだ。
さっきはできなかった、だけど今手を伸ばしてみる。宙をじゃなく、服でもなく、星の手をぎゅうと握った。嗚咽を殺しているらしい星からはうめき声のような声があがる。私の手の甲にもぽたりと涙が落ちた。星の手と同じで、あたたかかった。


「…男泣き?」
「うるせーばかやろう」
「ごめんね星」
「ばーか」
「心配かけてごめん、ほんとにごめん」
「おおばか、やろ」
「ばかでごめん、星」


星がずっと鼻をすする。私は何故だか落ち着きはらっていて、星の涙をもう片方の手でふいた。胸の中があつい。半分泣いている私のもう半分は、笑っていた。自然と口角があがるのに、目の奥はじんとあつくて視界がぼやける。「ばかでごめん、」もう一度言うと今度こそそれが頬を滑り落ちた。だけどあいかわらず私は笑っている。星はそんな曖昧な私の視界の中で、確かに笑った。


「仕方ねえから、許してやる」


思いっきり肩を引き寄せられて、また星に抱きしめられた。背中にまわった腕に力がこもる。また何か考えそうになった思考回路にふたをして、震える手を星の背中にまわした。星にぽんぽん、と背中を叩かれて、半分も笑えなくなって、私もようやく全部泣いた。





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