私が河川敷にきたての頃、星はつきっきりで世話を焼いてくれていた。住人の紹介とか、制度とか仕事について、ごはんについてとか、いろいろ教えてくれたんだ。なんで?って聞いたらなんで?って聞き返された。なんでそんなに構ってくれるの、やさしくしてくれるの、たくさん聞きたいことはあったのに。意味がわからなくて混乱する私を星はこれっぽっちも気にしてはくれなくて、たくさん振り回されて。





「ちょっ星さん私まだ寝癖、」
「俺はないぜ、お前寝方がへたくそなんじゃねーの?」
「マスク被ってるから寝癖関係ないじゃないですか!!!」


星さんはずんずん歩いていってしまうけど、私はまだ歩きなれないからふらふらとよろけてしまう。ヒールなんて、ほんとにただ歩きづらいだけだ。少し遠くなった星さんに追いつこうと、邪魔なパンプスをぬぐ。そっと河川敷に足をおろすと、草のやわらかさと土のあたたかさがうすい皮越しに伝わってきた。案外わるくない。もう一歩、一歩と前に進むと、星さんがぎゃあと変な声をあげた。


「おまっ、ばかじゃねえの!?」
「えっ星さんに言われるとか心外!」
「失礼な奴だな!!じゃねえよおまっお前靴履かなかったら危ないじゃん!」


ぱしんと頭を叩かれて、それからぐいぐい上から押される。抵抗したら、「動くな!」って一喝された。仕方なくおとなしくすると、星さんは満足げに笑ってそのままステイだ!と叫びながらトレーラーの中に消えた。だからぽつん、と一人広い河川敷に突っ立って星さんを待つ。さやさやと、風に吹かれた草が私の足をくすぐった。


「あった!」


うれしそうな声がして、星さんがトレーラーか、顔をだした。ぶんぶん振ってる右手には何か握られてるみたいで、ちょっとだけ目を細める。


「なにそれ」
「靴だよ靴!それ歩きづらいんだろ?もう古いからこれやる」


ぱたぱた、とよっぽど犬らしい効果音が似合いそうな走り方で駆け寄ってきた星さんは、かがんで私の右足をもちあげるとぱんぱんとはたいた。それから着ていたシャツの袖を少し伸ばして、信じられないことに軽く拭いたのだ。
完全に慌てて逃げようとする私に、星さんはびっくりするくらい素敵に笑った。


「逃げんなばーか」
「や、だってそれ星さんの服!」
「俺がしたくてしてるからいーの」


それから、まるでお姫様にしてくれるかのように靴をはかせてくれた。シンデレラとは違って明らかに使い古したスニーカー、それにやっぱりサイズがあわなくて少しぱこぱこするけど、そんなのまったく気にならない。まぶしくて、私は星さんのその笑顔しか見てなかったんだ。



それが、たぶん星に惹かれた瞬間だったんだと思う。単純でほれっぽい女だなあと自分でも笑えたけど、でも、私は星のその笑顔が好きで、確かにきゅんと心臓がなったんだ。
だけどこの日がなかったら、とは思わずにいられない。はだしで河川敷を歩く今日みたいな日に、きみがとなりにいた日を思い出すのはあまりにつらすぎるから。





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