夏休みに入る直前の、本来ならば休みになるはずの熱い日だった気がする。

シズちゃんに喧嘩を吹っ掛けたせいで、先輩の怒りをかって。適当に言い訳でもして逃げようとしたのに、こっちの口に菓子パンを捩じ込んで喋れなくされて、その作戦は失敗に終わった。
尚且つ彼女は、明日はちょっと学校に用事があるからと、彼女の分の昼食を持ってくるように俺に言ってきた。この最も太陽が照り付ける昼時に、屋上まで。どうやら菓子パンの弁償も兼ねてるらしい。捩じ込んだのはそっちだろうに。



「あっつー……」



俺は律義にも、その昼時というアバウトにも程がある約束の時間帯に、ずっと屋上という名の灼熱コンクリ地獄にいた。

今時携帯不所持な女子高生なんて、個人の不便さなど通り越して周りの人間に対しても迷惑だ。ない。ありえない。というか本当に迷惑極まりないんだけど。暑い。首筋を流れる汗がうざったい。
少しYシャツの襟元を崩して、ぱたぱたと風を入れる努力をした。ああ糞、今日はクーラーの効いたとこにいようと決めてたのに。
もうそろそろ昼時とは言わない時間帯になる。時計の針は、俺がここに来てから大分たったことを知らせていた。



「…これ罰ゲームかな。あーあ、さっさと帰ればよかった」



コンビニの袋に入っているメロンパンは、どうしてくれようか。俺あんまこれ好きじゃないし。…妹たちにでもやるか。
あと五分したら帰ろう。太陽が真上にあるせいで僅かにしかない日陰に入りながら、タイムアップまでの短い間時計と見つめあう。でも嫌な予感。こういう時に限って先輩は、



「臨也、君」
「ははっ、ほんとに先輩は読めないや」



来る。それもただ来るだけじゃなくて、赤く腫れた目元で、だなんて誰が予想しただろうか。
とりあえず日の照る場所から日陰に連れ込んで座らせ、ボタンを掛け違えたブラウス、立ったままだと見えそうなその中身を間違っても見ないように自分も横に並んで座った。ねえちょっと先輩、そのまま学校まで来たんだったら本当に貴女はもっと世間を警戒すべきだ。男共はきっと皆そこに釘付けだったろうね。あまり胸が無くたって、女子高生の胸元ってだけで意味があるんだから。シズちゃんほど純情なら見れないだろうけど。俺は先輩の名誉の為に見たりしないよ。興味があるかないかについてはノーコメントで。

まあそんな話はどうでもよくて、先輩は俺からパンを受け取るともぞもぞとそれを食べ始めた。スカートに食べ滓が転がる。それを今はらう必要はないだろう。今すべきは、きっとこの人の子供じみた話を聞くことだ。



「臨也君はさ、小学校の友人はまだ友人だと思う?」
「んー…覚えてる奴がいないね」
「昨日、小学校の友達に電話かけたんだよ。繋らなかった。何回やっても」
「…まあ引っ越したんだね。あは、いいですよ?先輩の為だ、特別に調べてあげましょうか」
「そんなのは別にいいんだよ」



嫌な奴だったからイタ電かけたの、そうぼやく先輩は頭がイカれてたんじゃないだろうか。進路云々で相当追い詰められてるっていう話は知ってるけど。



「なんていうか、そう、繋がり。ていうか…こう、お互いに相手の…現在?現状?それを知ることはなくなった。あるのは思い出だけ。ね、何かに似てない?」
「何に?」
「こらちゃんと考える」
「俺が何か言ったって聞かないくせに、」
「死ぬってこういうことじゃない?」
「………ほらやっぱ聞かないじゃん」
「ん、ごめん」



ああもうこれだから。
むぐ、とメロンパンを頬張る先輩の横顔を若干の苛立ちを込めて眺めてみる。あー、なんでこうも俺の話は遮るかなあ。他の奴の話を遮ることなんてしないくせに。

俺のそんなあからさまな苛立ちに気付いたのか、先輩はまだ少し涙の跡が残った顔でくつくつ笑う。
ああもう、腹立つ。むかつく。いや人間を愛している俺だからそんなでもないけど、多少はそういう感情だってあるんだ。



「今日臨也君と会えてよかったー」
「そう」
「あの友達が死んだって考えたら結構きつくて、ちょっと泣けてた」
「まだ死んだわけじゃないよね」
「いや同じだよ、誰かから見た死と」



友達が一人死んでしまった。もしかしたらもっと死んでいるのかもしれない。
そんなことを呟く先輩の乾いた唇がなんとなく寂しそうで、持参してたパックのジュースを押し付けた。きょとんとしている先輩の口にストローを無理矢理くわえさせる。そして四方をぎゅうと押した。



「んぐ」
「いいよ調べてあげるから。先輩をそんな顔のまま放置なんかしたらシズちゃんに殺されるし」
「っ、別にいいよ」
「強がらなくてもいいのに」



強制的に流し込まれたジュースを飲みこんだ彼女は、きゅうと眉根を寄せた。
それから俺の胸倉を掴んで、先輩はようやく真正面から俺の顔を見た。意外に近い。それを指摘しようと開いた口に、捩じ込まれるメロンパン。何この食べ物口に突っ込み合戦。ていうか俺あんまりメロンパン好きじゃないって昨日も言った気がするんだけど。もさもさする。



「あんなに繋がりの薄い人でも悲しかったんだから、臨也君は現実でも私の中でも死なないでください」



そう言った先輩は、ようやくいつも通り気の抜けた感じに戻ってジュースを飲み始めた。あ、メロンパンまた臨也君にとられたなんて馬鹿なことをいいながら。
それから俺は確か、先輩にブラウスのボタンを掛け違えていることを指摘して、いつも通り適当に話して、そのまま珍しくすぐに家に帰った。


この時の記憶がやたらはっきりしているのは、彼女の否定できそうでできない死の定義を聞いて、かつて関わった愛すべき人間たちが自分の中で死んでいっているのかと面白いことに気付けたからにちがいない。
ただ、今も未練がましく脳にへばりつく先輩の姿に、何もしなかったことは後悔しているんだと、思う。
俺はシズちゃんのようにはなれない。
先輩がいなくなった虚無を埋めようと求めた女たちは俺の中で死んでいるのかと、ふいにそんなことを考えた。







10.05.25
 

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