「シズちゃん煙草臭い」
「…すいません」
「あ、そうか。シズちゃんもうとっくに煙草吸っていい歳なんだ」
「今二十二っすから」
「なるほどー…もうそんなか」
「まあ、」
「てか背もまたさらに伸びたね!あ、顔見せてよ顔」



申し訳ないような気持ちで一杯だった。
ほんとだったらあれだけ駄目だと言った煙草を吸ったのをもっと怒ったり、そんなに会いたかったかあーっ、とからかったりもしたいけれど、申し訳無さが何をするにも先に立つ。

…あの平和島静雄がだ。

こんなにも甘えているということは、それだけ待たせてしまったのだと罪悪感を感じさせるのには十分で。
先輩失格だなあ、とかわいい後輩の傷んだ金髪をわしゃわしゃ撫でた。



「シズちゃん?」
「…今は」
「ん?」
「………自分がどんな顔してっかわかんねえから…あんま見せたくない、っす」
「かわいー」
「うるせえ」
「あはは、」



首筋にきゅう、とシズちゃんの顔が埋められる。身長差がかなりあるものだから、向こうはまたさらに背を丸めることになって大変そうだ。
なにこの子かわいい。
今二十二だとは思えない。私のよく知るシズちゃんよりもむしろ幼いくらいだ。



「…あの、先輩」
「はい」
「今連絡を受けてから、正直もし本当に会えたら絶対殴るって決めてきたんすよ」



和やかな雰囲気カムバック。Uターンして速やかにこの場に戻れ。お願いします。
彼の手の中から落ちた針金と硝子のようなものの原形はなんだったんだろう。そういえばもう一人の困った後輩くんの伊達眼鏡をシズちゃんが握り潰した時もこうなってたなあ。ああそうか、さっきのグラサンか。…え、無理死ぬ私これ。
しばらく黙り込んだと思ったら物騒なことを言い出す後輩に思わず身構える。いやつい何日か前まで受けていた拳だし、避けられるって信じたいんだけど。でもシズちゃんってどんどん強くなるし、もし万が一殴られたら本当に歯が折れるかも。

瞬間、彼は私の肩をぽんと叩いて放した。あれ私助かったのかな。
そこでようやく、機嫌を確認するがてら、今日会って初めて成長したシズちゃんの顔を真正面から見る。顔のつくりは基本的には変わっていないけど、頬の肉が少し落ちて、頭の位置も高くなっていた。
私が一年間見てきたシズちゃんと、当たり前に違っていた。六年間がそこにある。ほんとにタイムスリップをしたのかな、となんとなく考えた。



「先輩?」
「シズちゃん怒って、る?」
「いや。でも殴らねえ代わりに、ちゃんと話くらいはさせてくださいよ」
「じゃあ殴られなくていいの?」
「場合によっちゃあ殴る」
「う、き、厳しい」



にぃ、と少し凶暴に笑うシズちゃん。笑い方は私の知っている彼と同じで、ちょっと安心した。
そうこうしているとわしゃわしゃ、とまだ濡れている頭を撫でられて、かと思ったら私をひょいと肩に担ぎあげた。意味わかんないんですけど。え?



「おい新羅!連絡助かった。こいつはちょっと連れてくな」
「はいはーい、好きにしなよー」
「は?いや待ってよ、私まだ髪濡れたまんまだし。ちょっと待て」
「これ以上待てねえ」
「いや髪乾かすだけだから」
「待てないもんは待てねえ」
「…先輩のいうことが聞けないの?」
「今日は無理っす」
「じゃあせめて自分で歩かせろボケ」



さっきまで撫でていた髪を思いっきり引っ張ってやる。抜けろ。髪の毛の手入れくらいさせてよね、キューティクルが死んだら全部シズちゃんのせいだっつの。

でもなんだかんだでこんなやりとりに安心感を覚えたのは、本人には言わないでおこうと思う。







池袋の街を歩く。
それも、隣りに先輩を連れて。

別にこんなの初めてではない。ノミ蟲がいることが大抵だったが、たまにこうして二人で歩く事もあった。数えるほどっちゃあ、そうだが。
あの時は別に何とも思わなかったが、六年経った今じゃ話は別だ。…いや、あの時も確かに緊張はしたし嬉しかった。でも今は別だ。何年も何年も待っていた人が隣りにいる。それを喜ばねえ奴がいたら、そいつを恨んでるか何かだろうな。俺は先輩を恨んだ事なんてない。だから今、正直にいうと結構に嬉しい。



「どこいくのかな、シズちゃん」
「もう着きますって」
「そういうのじゃなくてさ、ちょっといろいろあって疲れたっていうか…」
「俺んちですから」
「…え?」
「そこ以外あんのか?」
「うち…は、うん。そうだね、シズちゃんちにお邪魔します」



大丈夫、俺は先輩を恨んじゃいない。
恨んではいないが、六年前のあの日の衝撃を忘れたわけではない。苦しいような情けないような妙な痛みは、プラスチックにこびりついた消しかすみたいになかなか落ちてくれやしない。

横を歩く先輩の濡れた髪をぐしゃぐしゃに撫でた。昔から俺の方が背は高かったから、撫でるのは癖みたいなもんで。



「はは。ちっせぇ」
「うっさい!!もう髪ぐしゃぐしゃだよ!このまま乾いたらタテガミみたいになっちゃうでしょバカ!!」
「ちょっと見てみたいんすけど」
「嘘です。ナマハゲみたいになるからやめてください静雄君」
「それも見てえな」
「いじめ駄目、絶対」



頭をぎゅうと押さえて顔を激しく横に振る先輩、おい余計ぐしゃぐしゃになってんぞ。でも面白いから放っておいた。
ああなんか、すげえ和む。
学生時代に戻ったみたいで、正直かなり気が楽っつーか。…いや学生時代はそこまでよくなかったな。わりと暗黒時代だ。まあ、つまり先輩といるのが気が楽っていうか。…うお、なんか俺恥ずかしくねえか。

やりきれない恥ずかしさと、わずかに会話が途切れるタイミングが重なる。
俺は見上げてきた先輩の顔はお世辞にもかわいいとは言えない。それは造形的意味とかいう失礼なことでは無くて、見事なまでのきょとん顔だったからだ。
あーむしろ、間抜け面。



「…シズちゃん、一人百面相は楽しい?」
「んなのしてません」
「いや私見て微笑んだり嘲笑したりしてるじゃん。なんか複雑な気分だ」
「よしよし」
「仕返しって言葉知ってるかな」
「先輩の百面相は面白いっすよね」
「…天然なのかなんなのか、そこが最大の悩みどこだよなあ」
「…とりゃ」
「だからわしゃわしゃすんな馬鹿!!」



先輩はちっとも変わっちゃいないらしい。

それがなんだかおかしくて嬉しくて、でも先輩を失っていた時間で気付いた自分の気持ちに素直になりづらくて。
なんとなくで煙草を取り出したら、箱ごと没収された。握り潰された。有無を言わせない辺りが先輩っぽかった。







10.05.21
 

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