黒いバイクが道路を疾走する。


セルティのバイクに乗せられて、私はとりあえず新羅君のマンションに行くことになった。
新羅君なら、わかってくれるだろうか。
あの変わり者なら、解決はしなくとも話を聞いて、一緒に考えてくれると思う。
今は、それだけで十分だ。

セルティが影から作り出してくれたヘルメット越しに、後ろへ後ろへと流れていく池袋の町並みを見つめる。
まったく、本当によくわからない。



「ねえセルティ。あ、返事はいいや今運転中だし。聞くだけ聞いて?」



こく、とヘルメットが縦に動く。
それを確認してから、無駄のない括れにまわした手に力を込めて、彼女の肩口に顔を埋めた。
あああ、恥ずかしい。
でもこれが一番真実に近い気がして。



「憶測で言うから」



前フリだけで相当話せそうだ。
無駄にぐだぐだ言葉を並べたら少しはこの羞恥心も消えて…はくれないな。うん。

腹を決めよう。
そうでもしなきゃ、生き延びられない。



「…私、タイムスリップしたのかも」



池袋なのに、どこか違う。
いつもより人が多くて。
街そのものが私の知る池袋じゃなくて。

そして何より、あの約束。

あの約束が六年前のものだというセルティの言葉に、そう思わざるをえない。
セルティが嘘をつくとは思えないし。
でも、確かなのは私はセルティしか現段階で頼れる存在がない。



「ふざけてはないよ。そこは信じて?さてタイムスリップだったと仮定して、私はどこでタイムスリップしたかなんだけど、よく考えたら家からここまでの記憶がないんだ。これ、なんでかな。この間に何かあった。そう考えられると思うのは私だけ?セルティ、君の意見を聞かせてお願い。時間を通過するなんて馬鹿げた話、でもあるとするなら今の私のような状況でしか発生しえな、」



い、と言えなかった。
赤信号で停止とともに目の前に突き出された四角い画面、顔面に物体が迫る恐怖に勝るものはないと思うんだ。うん。
まあとりあえず目の前に飛び込んできたPDAの文字を読み取る。



『落ち着け』
「…はい」
『よし、いい子いい子』



なでなでと頭を撫で回される。
最初に比べてセルティは随分落ち着いたらしく、なんだか和やかな雰囲気すら漂わせてきた。さすが過ぎて戸惑う。やっぱりセルティはいい意味でとても変わり者だ。
それこそ例えば、信号を無視して急に走り出した、り…



「わ、ちょっ、セルティ!?!?!」



ぎゅん、と体が前に引かれる。
同時に隣りにいた痛車やビルが一気に後方へおいやられた。
音もなく法定速度をぶったぎるスピードで駆け出す黒バイク。馬の嘶きがしたのはもう突っ込まない。っていうか突っ込めない。無理早過ぎ!!!

ただ、セルティが爆走する直前、視界の端で黒いコートが翻っていた気が、した。







「吐き気は?」
「なんとか…やり過ごした…」
「やり過ごしたって。さすが先輩、変なところも相変わらずで嬉しいな。ああ、そうだ、言い忘れてましたけどお久しぶりです」



ああ天井が揺れてる。
完全に酔った。見事なまでに。
セルティが心配そうにPDAを見せてくるけど、残念ながらそれを読める程に復活できていないので新羅君に任せた。

先ほど新羅くんのマンションに着いた私は、気持ち悪いを通り越して未だに視界をぐらぐらさせている。
そのせいで初っ端から私を変人扱いする新羅君を怒ることすらできやしない。



「ところで先輩、本当に六年前から?」
「わかんない…けどそのくらいしか考えられないんだ、よね…」
「大丈夫か!?ってセルティが。いいなあ、私もセルティに心配されたいよ。ん?…ホントかい!?セルティに怪我させられるなら僕は本望だよ!!」
「声でかいうるさい新羅君…」



耳を塞いで体を転がした。ソファの背を見つめていると、天井よりかはいくらか酔いがマシになってくる。
塞いだ耳からほんの少し、新羅君の嬉しそうとも取れる悲鳴と何かの物音が聞こえてきた。イチャつくなら余所で、ってここは二人の家かちくしょう。独り身は寂しくごろごろしてみた。

ようやく視界が定まって来た頃に身を起こすと、最初よりよろっとした新羅君とそっぽを向くセルティがいた。
ああなんかもう頭が痛くなりそう。



「やれやれ…」
『す、すまなかった名前』
「あはは、気にしないでー?」



ひらひら、と手を振りながら足を思いっきり伸ばしてみる。
何時間あの場所にいたかはわからないけど、それなりに疲れてる感じがするから結構な時間いたんだろうなあ。

体をあちこち伸ばしていると、かちゃりと音を立てて目の前に紅茶が置かれた。側にシュガーポットも置かれる。中身の角砂糖を摘んでぼりぼりと食べて、ようやく私はあの凄まじい酔いから復活した。



「あまー…」
「先輩それ茶菓子とかじゃないってご存じですよね?心配になるよ」
「だって疲れた時には糖分っていうし」



口の中が若干ざらつくけど。
ちらりと紅茶を見て、まだ熱そうだからもう少し我慢することにした。
にしても自分の順応能力の高さには驚いた、なんで既に現状を受け入れる且つこんなにのんびりしてるんだろう。

…まあ、たぶん知り合いが変わらずにいてくれたからだろうね。



『ほんとにごめん…』
「いいって。あ、でもどうして急に?」
『…いや、さっき臨也がいたんだ。今のこのよくわからない状態のまま二人に会うのはよくないと思って…』
「確かにそうだね。本来なら今日はここでゆっくり休んだ方がいい。っていうか流石セルティ咄嗟に気を利かせるなんてやっぱり君は素敵な女性だ!!」
『ちょっと黙れ新羅…って、本来なら?』





「ああいや、静雄と昔約束しててさ。先輩を見掛けたら必ず連絡するって」





『…連絡したのか』
「だって約束だし、セルティに連絡するなって言われなかったし」
『馬鹿!馬鹿!!気遣いくらいしろ!』



…訂正。
変わらなさ過ぎて、なんていうか、とりあえず今から私はどうなるんだろう。

殴られたら歯何本いくかな…泣きたい。

急にいなくなりやがって心配させんじゃねええええ!!!とかわいい後輩が殴り込んでくるのは、たぶんそう遠くない未来だろう。できることなら全力で回避したい。
…せめてでこピン希望。







10.05.09
 

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