「ここ、池袋だよねえ…?」
昨日まで、いや、つい一時間前まで確かに私は池袋にいたわけだから、ここが池袋じゃないと困る。
というか、どこから見ても池袋だ。
だけど明らかに違う。
ここは私が知らない池袋。
私のいた池袋とは違う、池袋。
つまりなんというか、同じ池袋なのに私の知らないもので溢れてる池袋は、非常に奇妙だった。なんだか人の靴と履き間違えた時のような、他人に貸したものを変な場所に返された時のような。
「んー…あのビルあんなだっけ…」
あれも、あれも、あれも。
あと、周りの人の服装も随分違う。
見たことのないファッションもちらほらあって、なんだか頭がくらくらする。新しい流行でも急にできたのかな、流行に疎い私は置いていかれたのかそうか。
「っていうか待ち合わせ時間過ぎてるし…遅れてるのはお互い様だけど」
早く来ないかな、と思う。
携帯買っておけばよかった。
こういう時は本当にそう思う、あの小さな機械は随分役に立つらしい。まああれでコミュニケーションを取れるとは端から信じてないけど。
そういろいろ思案して、やめた。そろそろ考えるネタもない。
さすがの私も時間を潰す方法がぼんやりするしか思い付かなくて、もはやふわふわ漂う雲に名前をつけるという乙女ティック(残念ながらチックじゃ駄目、ティックだからね)なことを始めた。
あれはメアリー、あれは花子、あれは
瞬間。
目の前に、黒いバイクが滑り込む。
あからさまに周囲の目がこちらに集まる、突然に現われた異質な存在を見つめるために。それは、この公園の風景に溶け込むにはあまりに奇怪で、奇妙なものだった。
だけど、私にとっては逆だ。
明らかに異質で違和感だらけな世界の中で、たった一人、今目の前にいる存在だけが私にとっての正常。
「セルティっ!!!」
両手を伸ばして、首に抱きつく。
何にも変わらないその真っ黒な友人は、慌てたように手元の機械を弄った。
PDAだっけ、まあ私は機械オンチだからぶっちゃけあんまりよくわからないけど。
『ちょっと待ってくれ、ええと、間違えたら悪いんだが、……名前?』
「そうだよ!何その反応、あ!!私服かわい過ぎて誰かわかんなかったとか?もー、セルティびっくりさせないでよ」
『そうじゃない!確かに私服はかわいいが、そうじゃなくて、そう!!!』
そこでセルティの指先がまた文字を叩く。
とても早いのに震えている。
不思議に思いながらも画面に浮かび上がる言葉を読み取ることに集中した。
慌ててるセルティかわいい。って新羅君に言ったら大騒ぎだろうな。
『名前、今までどこにいたんだ!?』
ん?と首を傾げてしまうのは仕方ない。
何を聞いているんだろう。
正直思い切り笑い飛ばしたかった、でもセルティの必死さがひしひしと伝わってくるから茶化すこともできず、私は気まずい雰囲気に飲まれざるをえなくなった。
つまり、固まった。
『どうした?』
「や…普通に、家から」
『家から?』
「まっすぐここまで。ちょっと出かける約束しててさ、シズちゃんと臨也君と。それで」
『…名前、なあ、こんなことは言いたくない。言いたくないが、お前、ふざけているのか?』
「へ」
『それは、六年前の約束だろう!!!』
そこだけ大きい、文字。
六年前。
六年前の、約束?
何を言ってるのかわからない。
わからないけど、この約束は卒業式の日に取り付けた約束で、まだ二週間も経ってはいなくて。
六年前なんかじゃない、否定できる。
そう否定できる筈なのに。
私の口は否定してくれなかった。
「…六年、前」
私の友人が。
この町並みが。
神経が。
それが真実であると、ここにある全てを以て私に語りかけているようで。
そんなわけがない、と言えなかった。
口の中がからからする。
家を出た時に水分を摂取したはずが、全力でマラソンでもした後みたいに、その効力はとっくに消え失せてしまっていた。
ああ、喉が、渇いた。
っていうかどうなってるの。
10.04.25