「ちょっ臨也君手ぇ冷たっ!!」
「ありがとう」
「え、なに」
「手が冷たいってつまり心があったかいって言いたいんですよね?」


まああれは迷信以下の話だろうけどさ、信憑性なんて欠けらも存在しない。ぺらぺらと話す彼の口は閉まることを知らないらしい。相変わらず皮肉れためんどくさい喋り方なんだなあ。「ぎえっ」ふう、と溜息をつくとすかさず臨也君の手がぐいとピンポイントで痣をついてきた。背中だからわかんないけど、この痛みは絶対痣だ。あと臨也君の性格的にしそう。


「うん、昨日よりはマシになってるかな。俺の適切な応急処置のおかげ」
「そうだ、シズちゃんなんて?」
「…今俺が話してたんだけど」
「あ、ごめん。つい」
「本当に先輩は、ほら終わりましたよ」


はーい、といい返事をしながらごそごそと服を戻そうとすると、臨也君の指がブラのホックにかかった。さすがに無視できなくて、その状態のままかたまる。わお、臨也君何考えてるんだ。欲求不満なのかなあ、でも私みたいなのに手ださなくても臨也君にはいくらでも女の子寄ってきそうだけど。
「ねえ先輩」臨也くんはいたっていつもどおりに私を呼ぶ。え、意識してる私がもしかしておかしいのか。これが普通で当たり前だったら…なんてきっとさすがにないだろう。こんな状況下で冷静な臨也君は、やっぱり女慣れしてるのだろうと思う。私が小さな声で返事をすると、臨也君の指の背?かな、それがすうっと私の背中をなでた。…くすぐったいんですけど。


「臨也くん、どうしたの」
「先輩、ちゃんと歳とりましたか?」


じゃれているだけかなと手を払おうとした瞬間、臨也君がぴたりと鼓膜にはりつくような声でそう言った。…さすが、鋭い。私は何を言うでもなく、手を払うと立ち上がって服を着る。あっけなく背中から剥がれてくれた指は意外といえば意外だったけど、臨也君はいつだってよくわからないことをするのだから当たり前といえば当たり前だ。振り返ると、臨也くんは口に三日月みたいな笑みをのせて、じっと私を見ていた。嫌だなあ。こんな顔をする臨也君なんて、むかでの次くらいに苦手だ。彼の中で既に分類された存在の中に割り振られるのは好きになれない。つまり臨也君は今、人としての中で異質なものを見る目で私を見ている。人間ラブな臨也君にしては、そんなものに興味をもつなんて珍しいけど。


「臨也君も不躾だねえ。女の子相手にそんなことじゃきらわれちゃうよ?」
「先輩は女の子じゃないでしょ?」
「…わあひどい」
「女子扱いしてほしいのなら、その生傷治して男に恥じらいなく下着を見せるのもやめることだね」


臨也君は肩をすくめて、くるりと私に背を向けた。…なんか腹立つな。だけど、どうせこの子のことだ。廊下に向かおうとする彼のスラックスの裾を、逃さずぎゅうとにぎりしめることに成功した。それから軽くつんのめる臨也君の足におもいっきり抱き着いて、容赦なく臨也君を引き倒す。顔からダイブだったらごめんなさい。だけど臨也君は猫みたいだから、なんとか受け身とってるんじゃないかなとも思う。正解はどっちかなーなんて思いながら臨也君から手を放して顔をあげると、彼は顔に片手をあてたまま床にうずくまっていた。あれ。ほんとになんか今日いろいろ珍しいなあ。


「…ごめん、まさかそうなるとは」
「……足掴まれるとは思わなかったよ」
「臨也君調子悪いの?」
「さあね」


臨也君はすくりと立ち上がって、何事もなかったかのように私をみた。「仕事あるから少しいなくなりますよ。留守番よろしく、先輩」さっきとは違って、何をしに行くか言い残したのは成長したととっていいんだろうか。後輩の成長は先輩にとって喜ばしいことだ。コートを羽織り、全身真っ黒なファッションになった臨也君は、結局その後一度も振り返らずに廊下に消えてしまった。玄関のドアの閉まる音だけ残して。


「いってきますを言わないってことは、お帰りなさいもいらないってことかねー」


床に取り残された私は、ソファによじ登ると大画面のテレビの電源を入れた。ほんとはシズちゃんのとこに行かなきゃいけないのはわかってるんだけど、こうなったら意地でもお帰りなさいを言わなくちゃいけないどうせ帰ってきたら【また】いないって言われているような気がして。…ああでも、シズちゃんにもおかえり言わなくちゃなあ。もし二人が仲良くルームシェアとかしてたら二人に言えるのに。六年かけて少しずつ、少しずつ仲良くなってたら。だけど私にはその六年間が存在しないのだ。そしてシズちゃんと臨也君の六年間に、私は存在していなかったのだ。なのになんだか、それにしてはあまりにも。
ちかちかと動くテレビ画面では、知らないタレントがさして面白くないことをやたらに口を動かして喋っている。





101220


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