シズちゃん宅に、まだ女がいるらしい。
彼女かどうかわからない、なんてもうそういう話じゃない。確実になんらかの感情を抱いているはずだ。興味のない、嫌いな人間を自分の側に置いておけるほど人間はできてない。シズちゃんに至っては間違いなくキレて追い出して、終わりだ。
つまり彼女はシズちゃんにとって大切な存在なわけだ。かわいそうだなあ二人とも!彼女は自分越しに別の女を求める人間の為に恐怖に晒され、シズちゃんは十字架を背負って生きていく。まあ生きていくってことは彼女のことを切り捨てなければ精神的に正常な人間なら無理な話だし、つまり自分を責めるということで結局彼女は過去に置き去りにされてしまうわけだ。一番かわいそうなのは女の子になるわけ。あーあ、シズちゃんてばほんと最低だね。

そんなこんなで迎えた今日という日は俺にとって最高の日になった。計画は未遂に終わったし、残念な脳の人達をまいて逃げるのには飽き飽きした。それでも、うまくいかなくても、時には偶然という素晴らしい必然、奇跡によって人は幸福を得ることができる。
今日の出来事は全て俺の意図しないものだった。いや、思惑がなかったわけじゃない。ただそれは別の形として俺のところへ帰ってきた。朝になって、シズちゃんは鼻が利くからわざと匂いを残してやろうと急に思い立って。そうしてわざわざ煙草くさいアパートに出向いた、その時の俺はシズちゃんへの嫌がらせ以外の意図は持ち合わせていなかった。いなかったのに、だ!情報を流して向かわせたシズちゃんを憎む奴ら、そんな愚かでいとしい人間たちの奥、そこから聞こえたその、声。


「まさか先輩に会うとは思わなかったなあ」


ソファーに寝転がり、クッションに顔を埋める先輩のうなじを指先でなぞる。彼女が小さく丸くなっているおかげで、俺も難なくソファーに収まることができていた。シャツから覗く肌には、痣やら傷やらがぽつぽつとあった。ざまあみろ、といいたくもあるけど口を閉ざしておいた。


「機嫌なおして」


ちゅ、とうなじに吸い付いた瞬間に先輩の後頭部ががつんと俺の頭に当たった。やられた。先輩は不機嫌そうに身を起こすと、じっとクッションを抱えたままこちらを凝視した。だから、できるだけ俺もにこやかに笑う。先輩は微動だにせずに俺を見ている。


「あー…お茶飲みます?」
「臨也君」
「っと、」


先輩は俺の顔面にクッションを投げつけた。すぐに手が伸びてきて、髪をぐしゃりと握られる。それから信じられないくらい乱暴にぐしゃぐしゃと掻き回した。「…何したいのかな」先輩は相変わらず不機嫌そうなままで、クッションがなくなったせいで殴られた痛々しい頬を覗かせている。
俺がシズちゃん宅についた時には、先輩は既にぼこぼこに殴られていて。喧嘩はそこそこ強かったはずだけど、大人複数人相手に勝てるほどじゃなかったようで、床に這い蹲っているところその瞬間だった。いつかの先輩と姿が被って、そして次に顔をあげた彼女を見た瞬間あまりに先輩に似てるから感心していたら、「いざやく、」俺の名前を呼んで。体が勝手に一番手近な男にナイフをつきつけていて、あとはボロ雑巾みたいな先輩を引きずってここまで帰ってきていたわけだ。


「臨也君」
「だから何かな」
「シズちゃんと仲良くしなきゃ駄目だって言ったでしょ」


先輩は無表情のままそう言って、頭を撫でていた手を今度は頬にあててきた。その手首を掴んで、そうでしたっけと他人行儀に笑ってみせる。先輩の鼓動がわかる。生きている。俺が喜んでいるのが、わかる。それと同時にたまらなく彼女を憎く思う。どうしてシズちゃんのところなんかにいたのか。何故俺じゃないのか。そんなありふれた平々凡々な感情は自分の中に早々に閉じ込めるに限る。


「あと臨也君、女慣れしたね」
「そうかな」
「うん。私はすごく鳥肌たったけど」
「…ふうん」


掴んだ手首に力を込めて、引っ張った。ぐんと近づいた先輩の顎を掴むと、そのまま唇を近づけた。なんだか気分がよくない。理由なんてわかりきってる。先輩は、何も変わってはいなかった。それが俺には、この俺には。


「六年は長過ぎた?」


唇が触れる直前、先輩はするりと指をその隙間に滑り込ませた。彼女の瞳は妙に静かで、俺をじっと見つめていた。やはり何かおかしい。先輩が?いや、俺がというべきだろうね。昔は何も感じなかった、だけど今その瞳の奥に何があるのか、焦がれるほどに知りたいと思った。ねえ、先輩は何故俺の前からいなくなったんですか。





101103
再会。臨也のターン。

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