食品が高い。
私の知らぬ間に物価上がったのかー、と改めて世間の変化を感じた。ていうか物価で気付くのってなんか主婦みたいでやだなあ。
時刻は夕方、周りには夕食の買い物に来たであろう奥様方が溢れ返っていて、嫌なんだけどなんだか心境は完全に主婦。鶏肉安い、とカゴに放り込んだ瞬間は結構マジで落ち込んだ。うん。
いや別に一人分ならいつも通りだしどうってことないけど、二人分を意識して買う辺りが完全に主婦。しかも今は収入源0だからより節約を意識しなくちゃいけない現状。これってしゅ…もう何も言うまい。

今日は朝からバイト募集広告を見つけては条件をメモし、不動産屋さんを数件まわって極力安い部屋を探した。だけどそこは池袋、そうそういい物件は見つからない。高い。今のお先真っ暗状態ではキツ過ぎる。明日からは池袋以外も考えて探してみよう、とりあえず今日はそこで打ち切ってこうして食材確保をし出したところなのである。…疲れたなあ。
さてそんな私の足は迷うことなくシズちゃんちに向かっていた。ごめんシズちゃん。晩ご飯用意するからもう一泊させてというか、させていただきます。
台所にちょっとお邪魔して、調理器具をざっと確認した。自炊してるって本当なんだなあと思うくらいには充実してる。
とりあえずちょっと手間の掛かるものにしよう。なんかいい顔したいし。シズちゃんにすげえって言われるのは私の生き甲斐である。あはは、だってシズちゃんかわいいんだもん。



「んー、どうしよう」



買って来た鶏肉はとりあえず冷蔵庫に入れた。牛と豚の合い挽き肉を買ってきたから、それでハンバーグでもつくろうか。いっそお子様ランチにしてやろうか。旗立ててやろうか!
そんな小さな野望を抱いた私は、早速タマネギをみじん切りにする作業に入った。目に染みるー、と一通りベタなことをこなしてから、それをフライパンに放り込んだ。するとあら不思議、どんどんへたっていくタマネギ。

そういえば臨也君はどうしてるだろう。
セルティは見掛けたと言っていたけど、私自身彼を見てはいない。あの目立つ学ラン姿を想像したら、なんだかちょっと気になってきた。今の彼はどんななんだろう。
シズちゃんが帰ってきたら聞こうかな。まだ喧嘩してるのかな、まああれだけ散々喧嘩はやめろって言ったんだし少しは改善されてるよね。

そんなことをぼんやり考えながら作っていると、旗を買い忘れたことになんか最後まで気付かないわけで。うわあしまった、これじゃお子様ランチにならない。シズちゃんが旗をどうするか見たかったのに。とっとくのかな。うううう。
じゃあ買いにいこうってもならない。
何故なら私のかわいい後輩は、とてつもなくタイミングが悪いのである。きっと外に出た瞬間ばったりフラグだ。お子様ランチは隠しておきたい。



「ようじとペンと紙があれば作れるかー…あと糊もかな」



ていうかシズちゃん、ようじなんかあるのかな。何に使うの。ようじでおじさんみたいにシーハーするようになってたらどどどうしよう。
一通りざっと探しても見つかるはずがなく、仕方なくゴメンナサイをして弁当についてきたであろう割り箸を開封、ようじだけ抜き取った。この割り箸、いつか使うよね。うん。ていうかようじ無くてちょっと安心しちゃったよ。

紙は適当にメモ帳らしきもののすみを、糊はまあ引き出しあけたら出て来たからそれを使って、とりあえず旗を一つ作ってみる。ネコかウサギか迷って、ウサギを描いておいた。よし、なかなかの出来栄え。
それをチキンライスの上に立てると、それはもう見事なお子様ランチ。あとはシズちゃん待つだけだなあ。





…まあ、時間潰せるものなんてないし。
テレビもすぐに飽きて、結局目の前のお子様ランチと睨めっこしていた。シズちゃん、喜んでくれるといいけど。…ていうか遅いなあ。呑んでるとか?いやいやいやシズちゃんに限ってそれは。いや、もしかして悪いお姉さんに騙されて貢がされてたりとか…!?おのれピュアっピュアシズちゃんを騙すなんて許さんぞ。シズちゃんの純情は私が守る。ってまあそんなわけないか。もしかして外食とかしてるのかな。自炊するって言ってたけど、疲れた日は外食くらいするよね。外食してたらこれどうしようかなあ…自分で作ったお子様ランチを自分で食べるって悲し過ぎるよね。
うーんと悩んだ挙げ句、なんとなく彼を迎えに行こうと思った。



「たぶんどっかで会えるよね」



預かった鍵で戸締まりをする。かちゃりと安心できる音を聞き届けて、踵を踏んづけていたスニーカーを履きながら階段に向かう。
すっかり暗くなった空には幾つか星が光っていて、思わず階段を降りる前に足が止まった。綺麗だ。池袋なんてこんな都会で見える星が綺麗だなんて、明日は何かいいことでもあるのかなあ。

瞬きを何回しただろうか、春と言えど夜の冷たい空気にようやく我に返った。やば、シズちゃん迎えに行こうとしたのに!急いで階段の手すりに手を掛けた瞬間、アパート前の道路を歩いてくる金髪が見えて動きを止めた。
何故か長身のくせに背中を丸めてとぼとぼ歩くその影に、思いっきり手を振りながらシズちゃあん!と叫ぶ。ぴく、とその肩が跳ねて、それからシズちゃんはゆっくりと顔を上げた。気付いてくれてよかった。



「おかえり!!待ってた!」



手すりから身を乗り出して大声で話しかける。シズちゃんはしばらくぽかんとしたあと、はっとしたように早足でこっちに向かってきた。
あのムカつくくらい長い足は絡まることなく一瞬で彼を私の前まで運び、そしてすぐに私の首根っこを掴むと部屋の中に放り込まれた。



「何やってんすか!近所迷惑でしょう!」
「あ、ごめん」
「ったく…先輩は昔からそうだ…」
「私にとっては昔じゃないけどねー。登校してくるシズちゃんに手振っては怒られるという」



あはは、と笑うとシズちゃんはちょっと不満げな顔をした。大方手を振ることよりも大声で呼ばれることが嫌だったんだろうなあ。思春期め。
なんだか疲れた顔をしているシズちゃんは、玄関先に座り込んで煙草を咥えた。いくら煙を吸いたくないからといってこんな状態の彼を追い出すのは気が引けるしそもそも家主だし、だからといって私が外に出るのも嫌だ。これ以上待ちたくないし。



「シズちゃん、今日ご飯は?」
「…あー、今からつくります」
「いやいや食べたかって聞いてるの。別にシズちゃんにたかろうとはしてないからね!失礼な」
「すんません。えと、まだっす」
「よしよし。用意できてるよ」
「…え、もしかして」
「うん。だから今日も泊めていただきたいなあーと」



シズちゃんは少し間を開けてからくしゃりと笑って、煙草を玄関先の灰皿に押しつけて消すと立ち上がって伸びをした。
じゅう、奴が消された音が耳に残る。



「んなの、全然いいっすよ」
「え、ほんとに!?」
「嘘ついてどーすんだ」
「そだね。うわ、てかシズちゃん天井低くて手伸ばしきれてないじゃん」
「…先輩」
「ん?」
「先輩がもうどっかに引っ越してていなかったらどうしようって考えながら仕事してたら、なんかいつもより疲れました」
「何それ、ほんとにシズちゃんは私のこと大好きなんだねえ」



一人暮らしはつまらない。
家帰ってもおかえりなんて誰もいってくれないし、自分の為につくるご飯も一人で食べるご飯も味気無いし。玄関先にある灰皿に何故かちょっと納得できた。
できるならずっとシズちゃんとこに居候してたいなあとぼやくと、せめて働いてください、とだけ言われた。なら、明日はとりあえず物件よりバイトを探そうかな。







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