へえ、


折原臨也の情報網はそれこそ複雑に広く広く存在する。
そもそもパスワードなどそういった情報以外、人の口から聞いた情報には限界がある。主観が入って、情報は少し変化してからきてしまう。その為に一つの情報に対して複数の人物からの情報提供を受けなければならない。しかし彼のパソコンや携帯に届くメールは、ほんの数通だ。ならばどうするか。彼は広く持つ情報網とネットを駆使して、深い部分にまで手を伸ばすのだ。そうして得た情報は商品であり売るのと同時に、彼自身の趣味にも活用される。
それこそ、今この瞬間のように、だ。

シズちゃんが女と歩いていた、という情報はすぐに入ってきた。池袋の奴を何人が向かわせて、確認もさせた。ネットからも調べた。
結果、平和島静雄は池袋を稀に見る穏やかさで歩き、彼の家にそのまま二人そろって入っていったらしい。
相手の女の素性を調べようとしたが、池袋で見掛けた顔ではないとしか情報は集まらなかった。シズちゃんに気付かれるのが怖くて、写真を撮れなかったという屑ばかり。
それでも身体的特徴くらいはどうにか掴んで、あまりに滑稽な事実に辿り着いた。

先輩と似ている、女。



「シズちゃんも結局は同じかー」



シズちゃんは先輩がいなくなったあとも、誰とも付き合わずずーっと彼女だけを思い続けている。可哀相な人間だと思うのと同時に、少しは尊敬していた。
俺の方は、何人かもはや真剣に数えようにも覚えていられないほど大量の人間と付き合った。それなりにかわいい奴もいた。だけど、薄っぺらい。どこか薄っぺらく感じて。付き合った分だけ別れた。三日以上付き合った女はまだいるとして、一週間、十日付き合った奴はいないだろう。

やはり俺も、先輩を求めていたらしい。
身長、髪の色に髪型、スタイル、あわよくば目鼻立ち。三日以上保った女はみんな先輩とどこか似ていた気がする。
いなくなった人間を誰かに求めるなんて、自分で自分を嘲笑った。これならシズちゃんの方がマシなのかもしれない。別の人間に彼女を求めるなんて、よっぽど気に入っていたかまだ先輩がいなくなったことを認めていないかのどちらかだ。それから俺は人が女遊びと呼ぶものを止めた。

だから、なんだかんだで俺はその点シズちゃんを尊敬していた。
殺そうと思えば殺せる。そんなまだまだ今に比べれば弱かった奴を本気で殺さなかったのは、きっと先輩のことだけを一途に想うシズちゃんだったからだ。
ならば、今のシズちゃんは、いらない。



「馬鹿だなあシズちゃんも…君の体は丈夫でも、君の精神はどうなのかなあ?目の前で、君の為に!君の為にその女を殺してあげるよ。中途半端に愛した女だからこそ、君は罪悪感を燻らせる。いいよ、少しずつ燻らせて燻らせて、いつか君の精神が燃え尽きた頃に、」



殺してあげるからさ。

俺は平和島静雄が大嫌いだ。
でも奴は今、俺が既に一度通った間違った道に進み出した。過ちは繰り返される。純粋なままならよかったのにね。純粋過ぎるがゆえに、君は先輩を他者と重ねようとするんだろうか。
ということはつまり、学生時代の俺も純粋過ぎたということで。あまりに似合わないその響きに歪んだ笑いを浮かべて、カレンダーの明後日を示す日付にマルをつけた。
シズちゃん、精々後悔しなね。
元々書いてあった取り引きの予定が目に入ったけど、あまり大した客じゃないし、データを渡せば終わりだ。メールで十分だろう。二重線を引いて、その下に小さくバイバイと親しみを込めて書いておいた。







「ごめんねシズちゃん」



先輩に家がないのはわかりきったことだったし、だから俺は疲れた顔をしている先輩を無理矢理引き止めた。
適当になんか晩飯つくるから待ってろ、といってソファに座らせて待たせていたら、なんかそのまま寝ちまった。ソファじゃ疲れがとれないのはよく知ってるし、だから幽が来る時に使う布団を敷いてそこで寝かせた。

随分ぐっすり寝ていた先輩は結局そのまま朝を迎え、昨日急いで作った生姜焼きをむしゃむしゃと食べながら眉尻を下げて情けない顔で笑った。
箸を止めない辺りは流石としか言えない。



「別に平気ですって」
「ほんとにごめん。ていうかシズちゃんこれ普通においしい、すごいね!」
「一人暮らし始めて長いし、外食は高いしでちょいちょい自炊してます」
「ヘエスゴイネー。あ、そうだ。シズちゃん今日仕事ある?」
「なんで聞いといて棒読みなんだよ。…ったく、今日はあります」
「だって普通過ぎてリアクション取りづらくてさあ。っていうのはおいといて、じゃあ私ちょっと出掛けるね。服とか生活必需品買って、後は不動産屋いって家探してこなきゃ。あとバイト」
「……先輩、今所持金いくらですか?」



やることは多そうだが、それらをするには金がかかると思う。それも結構な。
気付いていないのかと指摘すれば、ええっと、と先輩はがさごそと昨日持っていたバッグを漁り始めた。そうすると底から分厚い封筒が出現して、先輩は中の紙幣を取り出してにっこり笑った。
諭吉がたくさんこちらを見ている。



「五十万弱。所持金っていうか、全財産」
「…全財産を常に持ち歩いてるんすか?」
「いやいやたまたまだよたまたま!まあ丁度手元にあってよかったと思わなくちゃ。だってそうじゃなかったら一文無しだった可能性も否定できないじゃない?」
「まあ、そうすけど」



得意げに笑う先輩の笑顔に気圧されるように頷くと、先輩は満足そうにその大金を封筒に戻して、ぱくりと生姜焼きを食べた。
とりあえず今日俺は昨日休んだのもあって仕事に出なきゃなんねーし、大家からもらってた二本目の鍵を先輩に渡した。きょとんとする先輩に若干不安になるが、戸締まりはしっかりするように頼む。了解しました、と力強く頷く先輩に何故か口許が綻んで、慌ててタバコを咥えて誤魔化す。バレたら嫌とかじゃなくて、恥ずかしいだろうが。



「じゃあ俺、行ってきます」
「いってらっしゃい!迷わないで帰ってくるんだよー」
「ああ?」
「シズちゃん顔怖いって」
「ったく…もう行きますから」
「うん、頑張ってね」



あ、今のやばい。

そう思った時にはもう遅くて、心臓からどくどくどくどくと隠しようのない熱が身体中に駆け巡っていた。
頭を過ぎった一瞬のことのせいでこんなにも熱くなるなんて馬鹿げてる、馬鹿げてるはずが、頭から今の一瞬のことが離れず冷めることもない。
もう早いこと働いて頭冷やそう、そう決めて軽く早足でその場を離れる。後ろで先輩が手を振っていたから、ちょっとだけ振り返したけど。

付き合ってるみたいだなんて朝っぱらからイタイ妄想、急に春色な自分にもはや呆れることしかできない。







100614
 

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