「…え」


それが基山の第一声だった。
へへん、と思いながらスルーしてみんなに挨拶する。みんなびっくりしたみたいで、特に秋は何回も瞬きをして動かなくなった。だから笑いながら秋の背中をぱしんと叩くと、ようやく笑ってくれた。風丸なんかはかわいいな、と言ってくれるし、あのキャプテンでさえ褒めてくれた。よかった、ちゃんと似合ってるらしい。得意げな気持ちになりながらくるくるはねる毛先に指を絡めていると、基山とばっちり目があった。あ、なんか言われる。…っいけないいけない私は基山なんかともう関わらないって決めたんだった!あぶない!


「名前ちゃん」
「………なに?」


…無視できない私はどれだけ意志が弱いんだ。やっぱり無視はよくない、なんて甘すぎるのはわかってるのに。だからできるだけ素っ気なくそう言うと、基山はうっすら笑った。なにその笑い方。むか、ときたけど、ここは大人に対応してやろうと昨日からひそかに企んでいた私は基山と同じようにうっすら笑顔をうかべる。


「急にどうしたの?」
「ちょっとね。気分転換」
「背伸びしなくたっていいのに」


基山はさらりとそう言って、今度はにこにこ笑った。秋が基山君!ととがめるように声をあげて、それに基山はごめんごめんと軽くあしらうように答える。まただ。また基山にからかわれてる。私は基山のおもちゃじゃないのに!
昨日より少し短いスカートの裾をぎゅうと握って深呼吸。ここで言い返したら基山の思い通りだ。大人にならなくちゃ。べつに私は子供だからいいんだけど、基山を見返してやらなきゃいけないから。


「…背伸びで、悪かったわね」


そう言うと、基山はぱちりと瞬きをしてから苦そうに笑った。苦笑とはまた違う笑い方。少し困ったようなそんな顔をされたって、私には関係ない。だから秋の手をひっぱって、そこから離れてやった。私だって怒る。特に昨日のことに関しては、そう簡単に許すつもりはない。怒らせたらどうなるか思い知らせてやるんだ。


「名前ちゃん」
「…なに?」


まだ用があるのか。振り返ると、基山が何かを隠したような目で私を見ていた。口の方も、はくり、と空気をかんでそれっきり動かないし。「何よ」「…なんでもないよ」基山はきれいに笑って、それからじゃあねといなくなってしまった。


「すごくかわいいのに…」
「ありがと秋、あんなの気にしてないからそう言ってもらえれば十分!」


ほんとに?秋が心配そうに私を見るから、私はもうにっとできるかぎり元気よく笑ってみせる。内心で基山のばーかばーかと唱えてるのはもちろん内緒だ。一旦意識してしまえば、今までの悔しい思いなんかより怒りのほうがふつふつと沸いてくる。基山のやつ、ほんとむかつく!





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