「名前ちゃん」


部活が終わってドリンクを配っていると、目の前に差し出された手。基山だ。思わずぴくりと伸ばした腕がはねたけど、何食わぬ顔でボトルを押し付けた。危ない。軽くにらみつけて、まだもらってない人を探す。
と、ぱしりと手を捕まれた。それはドリンクを持っている方の手で、ボトルは基山に奪われた。「緑川!」私が伸ばしかけた手を越えて、緑川君の腕の中に落ちたボトル。いやみなくらい、ナイスコントロール。と、基山はにこにこ笑って首を傾げた。


「お礼は?」
「…ありがとう」
「どういたしまして」


そういうと、基山は満足そうに笑って私の手をあっさり離した。拍子抜けするくらい。最近こんなのばっかりだ。思わず「あ、」なんて口から出る。さいわい基山は気づかなかったのか、ぐびぐびとドリンクを飲んでいる。よかった。
そう、基山のもつ独特の雰囲気が無くなった。
なんだかいつもにこにこしているのは変わらないのに、あの妙な遠さが無くなったっていうか。距離感、っていうのかな。それも私たちの間にだけあった、私たちだけ知っていたやつ。相変わらず女の子たちは私が基山と話す度にじろじろ見てくるけど何も言われないし、基山や私の変化なんて誰も気づいてないし。そもそも気のせいかもしれないし。


「はい」


ぼーっとしていたら、目の前にボトルが突き出されてびっくりした。反射的に受け取ると、からっぽだった。ぱっと周りを見ると、みんなまだ全然飲み終わってない。し、ボトルがまだ冷たい。もしかして一気飲み?基山はふう、と頬をつたう汗をぬぐってまたにこりと笑った。


「すぐ着替えてくるから待ってて」
「は?」
「一緒に帰ろう」


じゃ、と部室の方に向かって走っていく基山。私はといえば、唖然として完全にかたまってしまった。何それ、意味わかんない。「名前ちゃん?」秋が心配そうに私を見ている。そこではっと我に返って、あわてて秋にボトルを押し付けて頭を下げる。「ごめんちょっと用事!」言い終わるか終わらないかのうちに私も基山のあとを追いかけた。お疲れさまー、と秋の声がしたけど振り返る余裕なんてない。
基山は、何か勘違いしてないだろうか。
なぜか基山に告白された。一ヶ月くらい前にあったそんなありえないことに私は何も答えられなくて、結局うやむやにして基山を無理矢理保健室に押し込んだのははっきりとした記憶。つまり私は奴になにも返事をしていなければこんな、こんなことおかしい!


「基山!」


流しで顔を洗っている基山を見つけて駆け寄る。基山は顔を上げて、すぐにあわてたようにタオルで顔をふいた。そんなのどうでもいい。もし受け入れられたと思われていたら、それこそ大問題だ。
肩で息をする私を見て、基山は少しだけ眉間にしわを寄せた。「大丈夫?」大丈夫じゃない。基山のせいで、全然大丈夫じゃないっての。


「なんで、一緒に帰るのよ」
「…あ、用事でもあった?」
「そうじゃなくて!私基山に返事してないし、一緒に帰る理由ないよ」


基山はきょとんとしていて、でもすぐにけらけら笑い出した。思わず身構えるけど、基山はただ笑うだけでなにも言わない。それから急に手を掴まれて、ねえ、と言われた。ちょっとだけどきっとする。最近やたら手を掴まれるから慣れたはずなのに、なぜかびくりとしてなにも言えなかった。
基山はすうと息を吸って、名前ちゃん、と私に逃げられないように声をかける。やっぱり基山は苦手だ。私のこと、見透かしてるんじゃないだろうか。


「俺、言ったよね?好きだよって」
「……あのっ」
「黙って話聞く」


基山はそうぴしゃりと言って、今度こそ私の逃げ道を完全にふさいだ。やばい。いやだ。もし誰かに見られたら、こんなの知られたら、私は明日からどんな顔して学校に来ればいい?いやただの自惚れかもしれないけど、万が一またそういう話だとして、私の逃げ道は今日はもう無い。これでもちょっと待ったんだ、なんて言う奴にくらくらする。


「アタックしてるんだよ、君に」


片思いだからね。
そう言った基山は少し耳が赤くて、だから待っててと早口めに言うとまた蛇口を捻ってばしゃばしゃ顔を洗い出した。…助かっ、た。もし基山がもう少しこっちを見てたらと思うと、ぞっとする。
この熱い頬を見られたら、どんなに否定したって信じてもらえないかもしれない。


「…きーやーまー」


むしろ否定すべきは、私のきもちではなく基山の片思い説かもしれない。そんなことを思いながら深く息を吐く。パーマのとれかかった髪が風に揺れるのが視界の端で見えた。





110425
end?


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