試合明け、久しぶりにサッカー部のお手伝いに行った。少し暑くなってきて、タオルやドリンクの準備に手が足りないらしい。正直あまり気は進まなかったけど、いつまでもこだわってたらそれこそ子供だと思う、し。


「ヒロトっ!!!」


部室からよろよろとドリンクを運んでいたら、キャプテンのするどい声が聞こえた。…基山?一緒に持っていた秋と顔を見合わせて、まずいととっさに逸らした私に、秋は行こう!と有無を言わさずフィールドの方へ走った。
私ものろのろ、と前に進むのを拒む足を動かす。だけど心臓はばかみたいにばくばくしていた。また、倒れてたらどうしよう。この間の原因、わたしのせいっていうのしか聞いてないから気にもしなかったけど、ほんとにやばかったのかしれない。そうしたら私、どうしたらいいんだろう。私のせい。ぐわんと頭のなかをまわる言葉に、余計足が重くなった気がした。


「…きやま」


人混みを抜けてグランドに出ると、やっぱり顔色の悪い基山がいた。ぽつん、と呟くとちょうど基山がゆっくり顔をあげた。「もうだいじょうぶ、ごめん」いつかと同じ光景。そのままずるずると歩く基山は、校舎の方に向かっていく。違うのは、私が基山を支えていないことと、有無を言わさない雰囲気だったことくらい。
秋も緑川君も、ちらりと心配そうに私をみる。なんで私。基山が大丈夫って言ってるならいいじゃないか。


「名前、ヒロト頼むな!」


二人の視線からふいっと顔を背けてドリンクを手にとると、なぜかキャプテンからかかる声。ぎぎ、と振り返ると他意のない笑顔でキャプテンが立っていた。
「名前?」私がぼーっと立っていたら、キャプテンは首を傾げた。はっとして笑う。「だ、大丈夫だよ基山なら」だけどキャプテンはじっと私を見るだけだった。


「そういえば最近あんま話してないみたいだけど、どうかしたのか?」
「わっ私やっぱり行ってくる!!!」


キャプテンはやっぱり微妙なところでするどいかもしれない。
ドリンクを秋に押し付けて、校舎に向かって走り出す。だけどやっぱり足が重い。止まりたい。のに、背中に感じる視線がそれをさせてくれなくて。グランドを囲む人混みからも、なんだかコロサレてしまいそうなくらいきつい視線。違う別に私は基山となんの関わりもない!キャプテンに言われたからだし、私が基山を追いたくて追ってるわけじゃない。基山のせいだ。ぜんぶぜんぶ!!!

校舎に入ってすぐ、基山は下駄箱でのろのろと靴を変えているところだった。保健室にグランドから入るところあるのに。ふらふらしている基山は見てられないし、ここでつったってるだけじゃあの視線の中をわざわざ通ってまで来た意味がない。
黙ってしゃがんで、はきかえ終わったスパイクを下駄箱に押し込む。部室には後で持ってけばいい。


「名前ちゃん遅い」
「は!?」


とっさに口から言葉が出て、気づいた時には基山がにこりと笑いながら私を見ていた。あ、しまった。固まる私に、基山はゆっくり手を伸ばしてくる。


「…仮病?」


ぱしり、とその手を払いながらにらむように言うと、基山はううんと首を横に振った。「練習の邪魔なんてしないよ」確かに、基山はそういう人間だ。あらためてよく見ると顔色は悪いし、やっぱり体調が悪いのだと思う。
うん、デジャヴュ。それも悪い思い出。どうしても体を支えてあげる気にはなれなくて、少しだけ離れたところを歩きだす。早く保健室につれてってみんなのところに戻ろう。


「名前ちゃん」
「…何」
「きーやーまー、じゃないんだね」


基山がしっかりと私の手首を掴んでいた。くすくす、と笑う基山の手は熱い。熱を出したのかと思う。その熱が私に伝染してきて、ふいと顔を背けた。知らない。確かに、前はそうやって文句言ってたけど。


「君のこと考えてたら、寝不足になった」
「………は」
「うん。試合後で疲れてるのに無理して練習したから、たぶん熱出た」
「いや、私のことって」
「何やっても空回りで、からかってるって思われてて。でも、俺にはそれしかできないから。君が嫌なら関わるのやめようと思ったのに、昨日君から声をかけてくれた」


かつてなく饒舌になっている基山は、目が泳いで頬も赤い。さっきまで白い顔をしていたのに。基山の真っ赤な髪が小さく風に揺れていた。
そこだけまるで、違う世界みたいで。
私の目の前にいるのは基山なのに、違う人みたいだった。こんなに余裕のない基山を見たのは初めて。いつもにこにこ笑って、私のことからかうくせに。これも、からかってる?にしてはあまりにも、基山は必死な顔だった。


「映画断ってまで、来てくれた」
「なんで知って」
「偶然聞いた。それで、試合で応援してくれた。我慢ができなくなった」
「…き、やま?」
「だからさっき倒れた時、決めた。この前みたいにもし追いかけてきてもらえたら、絶対言う。来なかったらもう近づかない」
「…きや」
「君は来てくれたから、言う」


基山の手が私の手首から離れて、手をぎゅっと握ってきた。きれいな翡翠が私を覗き込む。かたかた、と自分の手が微かに震えるのがわかる。それに気づいたのか、基山がさらに強く握ってきた。


「ずっと言えなかった。ごめん、名前ちゃんが好きなんだ」


基山の下駄箱から、空気を読まないスパイクがごとんと落ちた。





110408

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