「ちょっと基山君」


木野さんに呼ばれてそちらに行くと、珍しく怒ったような顔で俺を見ていた。少し身構えて背筋を伸ばす。そんな俺を知ってか知らずか、木野さんは急にしゅんと眉尻をさげた。「名前ちゃんが誘ってもこなくて」確かに、彼女は今いない。でも何故俺にいうのか。いつか、俺が体調不良で倒れた時、名前ちゃんに言ったこと。どうしていいかわからなくて、むしゃくしゃして、あまりまわらない頭が生み出した言葉。それ以来ろくに話せていないのに。
そういうと、木野さんはびっくりしたように瞬きをした。え?逆にびっくりして聞くと、先週の試合で仲直りしたと思っていたらしい。


「だって名前ちゃんと柔軟してたし、応援だって…」
「調子悪い俺を見かねてだったんじゃないかな。それ以来話してないよ」
「えぇ!?」


木野さんは完全に困ったみたいだった。俺も、同じくらい困ってる。名前ちゃんが望むから、できるだけ関わらないようにしてたのに。それが柔軟をやってくれたり、応援してくれたり。なにより別の男子に誘われていた映画を断ってまで試合にきてくれたり。誘われた瞬間を見ていたから、期待はしないようにしてた。それが、当日朝いってみれば、おしゃれとか全部ほったらかして、一生懸命手伝っていて。俺が電話かけたから?うれしくてでも我慢して、ついに話しかけてしまった。久しぶりに目を合わせてした話はすごくたのしくて、俺は。
彼女が変わった日、つまりパーマをかけてきたあの日から、俺は少し意地を張っていた気がする。彼女が完ぺきになにかをこなすほど、離れていくみたいでつまらなかった。彼女もなんだかうすっぺらくなったみたいで、それにすねてた。いつか、強がりなんかやめて泣きついてきたらいいなんて考えてた。


「じゃあ何かその時に言ったりした?」
「…まあ、話したからね」
「なにかいったでしょう?」
「なにかって、」
「名前ちゃん、基山君に言われたこと一番気にするんだもん」


え。俺がそういうと、木野さんは下がっていた眉毛をつりあげた。「気づいてなかったの?」なにを、なんて言える雰囲気じゃないから黙り込めば、木野さんはため息を一つついてその怒った顔を普段のものに戻した。よかった。けど。


「俺に言われたこと?」
「…うん。基山君は気付いてると思ってた」
「……そっか」
「基山君?」
「俺、彼女にきらわれてるからね」


はは、と笑った。確かにそう思う。いちいち彼女は俺に言われたことをつっぱねようとしてきて、意地をはる。俺が素直じゃないから。だから彼女もきっと意地をはって、なかなかフツウに話せない。


「…嫌いならいちいちいうことなんて気にしないと思う」
「そう、かな」
「うん。他の誰かに言われる一言より、一番基山君に言われる言葉気にしてたよ」
「…そう」
「………名前ちゃんは、鈍くないんだから」


木野さんは足元に視線を落として、ぽつりとそう言った。名前ちゃん[は]。じゃあ、誰なら鈍いのか。思い当たる笑顔に少し苦笑する。確かに、俺より苦労してるかもしれない。
名前ちゃんは、あなたに特別視されてることは気づいてるよ。
はっとして、木野さんを見つめる。木野さんは私が言っていいかわからないけど、と俯いたまま顔を逸らしてぽつんと呟いた。


「名前ちゃん、あなたに嫌われてるとか、思ってるよ」


ぱん。頭のなかが真っ白になった音がした。
俺が?彼女を?嫌いなわけないじゃないか。どれだけ話し掛けたか。少しでも興味をもってもらえるように努力したか。ほとんど、空回りだったけど。
でももしかしたら空回りが、とんでもないものを巻き込んでたら。確かに、うまくいかなくて、俺は彼女に何て言った?

きみのせい。

頭がくらくらした。嫌いなわけない。逆だ。むしろ、好きなのに。彼女のちょっとした仕草から表情、ドジなところだってなんだって、どれも好きだというのに。


「…謝ったら、いいかな」
「私から何かいうのはルール違反だけど、たぶんそれじゃなにも変わらないと思うわ」


木野さんはにこりと笑った。驚いた。もしかして、お見通しだったんだろうか。俺の気持ち。いつだったか緑川にも見透かされていた気がする。ヒントとかも?と苦笑しながら聞いたら、木野さんはもちろんだめ!と言った。





110403

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