女は家に来て、玄関先で立ち尽くした。
鍵をかけるのに邪魔で軽く肩を押す、それだけで女は縮こまって壁に身を寄せた。苛つく。俺がリビングに行こうとしても、女は壁にぴったりと張り付いたままで。


「入れ」
「…でも」
「入れっつってんのが聞こえねえのか?」


女はびくりと体を跳ねさせて、消え入りそうな声ではいというとそろそろと靴を脱いだ。むかつく。腹立つ。なんでこんな、こんな。
靴を脱ぐために片足になった瞬間、女の肩を蹴った。さすがに力加減はしたが、それでも女は後ろに向かって倒れた。痛いとでも言うかと思ったが、唇をきりりと噛んで女は堪えて、いる。苛々苛々。女は妙な格好で、変に色白だった。何かがざわつく。こいつ、何なんだよ。


「お前、何者なんだよ」
「…ごめんなさい、私あの、」
「早く言え。うぜえんだよ」
「っ…私、何も覚えてないんです」


女はぎゅうと身構えるように目を瞑る。気にいらねえ。まるで、また蹴られるとでも言うようだった。自業自得の癖に、女は被害者のように震えている。俺が、加害者であるかのように。
小さく舌打ちすると、また女は怯えた顔をする。仕方ないと、女の肩を掴んで無理矢理立たせた。「入れ」「…あ、の」「いいから入れってんだ」女は静かに頷いた。嘘はついてないだろう。何もかもに自信がないような感じから、何となくそんな気もしていた。記憶が戻れば、きっとこの苛立ちから解放される。


「あの」
「あ?」
「ありがとうございます、えっと、」


伺うような目。ああ、そういうことか。「不動。不動明王だ」女は安心したように少しだけ口元を緩ませた。カナシソウじゃない表情は初めて見た。女は、ぎこちないながら微笑んでいた。


「ありがとうございます、不動さん」


ん、と短く返す。俺は奴の名前を聞かない。聞いても仕方ないだろ、だって女には記憶がないんだから。「俺は、お前を適当に呼ぶからな」代わりにそう言うと、女は頷いた。それから女は靴をそっと揃えて、ようやく床の上に立った。





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