最近女は深夜だろうが何時だろうが家に帰ると必ず起きていて、俺に挨拶するようになった。俺にとってデメリットというデメリットはなく、鍵を開けなくていいのと冷凍食品以外のもんが食えるというメリットが生じたので好きにさせている。あと、よく服が洗濯してある。どこで手に入れた知識かは知らねえが、奴は奴で足掻こうとはしているらしい。


「お帰りなさい」


また今日も、家に帰ると女は小さくそう言って俺に頭を下げた。夕方。平凡な時間。別に頭を下げる必要なんてねェ、と昨日言った筈なんだが変えてこないということは考えあってなんだろう。奴は頭が良いらしかった。女にバッグを押し付けると、奴は黙って受け取って中から汚れ物を出し、それ以外はその場に放置しておく。洗面所にぱたぱたと消えた女は、今度は何も持たずにリビングに消えた。別に追わない。洗面所で横目にさっきの汚れ物を見ながら手を洗い、さっさと部屋に入るとスウェットとTシャツに着替えて寝転ぶ。少し汗を書いていたせいかべたついていたが、そんなことこの際どうだってよかった。
天井を見上げて、一点だけを睨む。今日もパスは通らなかった。いや通ったが、結局俺の思い通りに動ける奴は一人もいなくて、呆れただけだった。


「不動さん、食べたいものありますか」


部屋の外から聞こえてきた声に、俺は何も言わなかった。すぐに奴の気配は遠ざかる。だから俺はまた空を一睨みして、それから起き上がって携帯を開く。何通か開く気も起きない宛先からのメールを無視し、アドレスからチームメイトを引っ張り出す。もし、こいつを呼び出して女としたように二人でサッカーをしたら。俺のサッカーについてこれるようになるんじゃねえのか?女がついてこれるように、こいつも。そこまで考えて阿呆らしくなる。馬鹿馬鹿しい。あいつらにそんな才能はない。女がついて来られるのは、俺に匹敵する才があるからだ。あいつらが俺の思い通りに動かないなら、動かせるようになればいい。あいつらをもうまく使いこなせるように。不動明王としての技術は、奴とのサッカーで高めればいい。置いてやっていると恩を売るつもりはないが、そのくらいはしてもらう。それに女にとってもサッカーに覚えがあるなら、することは必ずしもマイナスじゃない筈だ。
結局用無しの携帯をスウェットに突っ込むと、そのままリビングのソファーに行って寝転んだ。テーブルの上に幾らか皿がある。覗き込むと、最近までご無沙汰していた彩りがあった。サラダだ。


「トマト」
「…はい?」
「もう買うな。俺食えねえし」


赤いのを退けて、下のレタスだけ食う。栄養ですよ、と女がぼそぼそいうのに舌打ちを返す。別にこれだけだから問題ねえだろ。女はわりとすぐに皿をまた持ってきて並べた。母親にこんな料理を作ってもらったのは、父親がまだいた頃だから随分昔の話だ。腹が減ってねえわけじゃない。箸を伸ばして食べると、女は少なからず嬉しそうに見えた。


「おいしいですか、不動さん」
「知るか」
「…少しは人間らしくなってきたでしょうか。記憶が無いなんて、そんな人間有り得ない」


女はまた少しカナシソウに笑った。珍しくそこまで苛立たなかった。わかってんじゃねえか。努力すんのもしねえのも自由だ。「…食い終わったらサッカー行く」そう言うと、女はこくりと小さく頷いた。来るということだろう。俺はこれ以上こいつに干渉するつもりはない。サッカー。それだけで十分だ。それにやはり女も頭は悪くないから、俺にも深く関わってこない。この空間は、少なくともお互い不利益なものではない筈だ。俺がさっき退けたトマトが、女の口の中に消えていく。まずそ。





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