それから俺は約束どおり、女の前でサッカーをやってやった。
なんだかサッカーが気に入ったらしい。いや、気に入ったかは知らねえが、使わなくなって部屋に転がしておいたボールを使って毎日リフティングをしているようだ。女はただじっとボールを見つめて、蹴る。楽しそうとはお世辞にも言えなかった。何かを、辿るように、蹴っている。
女の興味がサッカーに向きはじめたから、俺は家に戻るようになった。あの妙な苛立ちは落ち着いて来ている。ただ、サッカーボールを手にしてそれをカナシソウにじっと見ている時だけは、どうしても治まらなかった。
一度だけ、そんな背中を蹴飛ばしたことがある。加減は特にしてやらなかった。してやらなかったから、勿論女は床に勢いよく突っ伏したし、苦しそうにゲホゲホむせた。でも女は、身を起こさなかった。身を起こさずに、苦しそうに俺を見上げる。カナシソウに。かっと頭に血が上って、でも結局俺は舌打ちをしてそこから去っただけだった。

そんな、ある日。
エイリア学園だか何だか知らないが、エイリアンが日本の学校を破壊して回っていると聞いた。サッカーで負けたら、やられるらしい。阿呆くせえ。
俺はいつも通り、深夜の公園でリフティングに熱中していた。それから、塀目掛けてシュート。でもシュートよりリフティングの方がずっといい。足にボールが吸い付くみたいに動くのが気持ち良かった。ただのリフティングじゃなくて、できるだけ体中を使ってやる。ぽたぽたと汗が落ちた。つるんでるあの下手な奴らとやるより、よっぽど充実してる。サッカーは嫌いじゃない。むしろ、好きだ。だけど反吐が出そうだ。理屈じゃない。こんな風にやるのは、反吐がでる。


「おい」


返事はない。家を出たとき、女がついてきたのには気付いていた。シカトかよ、と悪態をつくとようやく女は出てきた。公園の入口の方からひっそりと現れたから、ボールを転がしてやった。「え」女がボールを見て、それから俺を見た。なんとなく、相手をしてやろうと思っただけ。


「不動さん」
「サッカー、付き合え」


女の目が驚いたように見開いた。でもすぐに頷くと、ボールに向かって足を振り下ろした。「よっ、」ボールを受ける、なかなか悪くねえ。久々のいいボール。俺もそこそこ力を入れて蹴り返す。女はぴたりとそれを止めて、また俺の足元に戻した。ふうん。今度はドリブルで攻め上がる。「とってみろよ」女はぱっと動いた。食らいついてくる。俺はフェイントを使いながら、適当な足捌きで女を抜いた。


「あ、」
「なかなか悪くねーな。サッカーやってたんじゃねえの、お前」
「…そうかもしれません」


公園の青みがかった電灯に照らされた女は、いつも見るよりいっそう色白でちっぽけに見えた。くだんねえ。夜の冷たく湿った空気で肺が満たされる。女の方にボールを蹴って、俺は初めて薄く笑ってやった。


「今度はお前の番だぜ」


深夜の退廃的な雰囲気に包まれた公園は、お前みたいな人間にぴったりだよ。口の中だけで呟いたそれは、俺の中で響く。あーあ。





101013

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