バイトの後以外で見たのは初めてだった。
あいつの後ろ姿に片手をあげて、呼び慣れない名前を呼ぼうとした時。
当たり前のようにそのとなりに並ぶ男を、見た。
彼氏だろうな。邪魔するものでもない。今日は俺も、アンに会わなくてはならない。でも躊躇われて、あいつののんきな笑顔が恋しかった。
「…おい」
でも、その縮こまった肩とか、普段と違う化粧で伸ばした睫毛とか、伺うような目の色とか、そういうの、違うんじゃねえの?
「…シリウス」
「来い」
「わたしいま…」
「背伸びしなきゃ届かないようなやつの横に並ぼうとすんな」
唖然とした男の目の前で、その小さな、それだけは変わらないぬくもりの手を掴んで人混みの中に消える。
携帯が震える。俺のも、あいつのも。
けれど互いに触らなかった。出なかった。走って、冷たい空気を肺に吸い込んで、確かに感じたことについて考えていたような気がする。
俺が、こいつが、奪ったということを。