白い煙が紺色に吸い込まれたところで、着信音が初めて部屋の空気を震わせた。発信先は見なかった。
「もしもし、」
「ああ、こんばんは」
「ふふ、こんばんは、秋山さん」
鼓膜を擽る笑い声に耳を傾ける。床に置いた灰皿に半分も残った煙草を押し付けた。雲の欠片も無い夜空とその声がよく似合うと柄にもないことを考える。
「今何してますか」
「煙草吸ってた」
「あ、ちゃんと窓開けなきゃ駄目ですよ!」
「開けてるよ」
「壁とか、すぐに黄ばんじゃうんですからね」
「開けてたって。もう捨てたし」
笑いながら返すと、吸いすぎも良くないんですよとまだ言い足りなさそうにしながらも静かになる。空白。
「なあ」
「はい」
「何の用」
「ええっと、ですね」
「大した用はないんだろ」
「……ごめんなさい、声聞きたくて。切りますね」
「いいから、何か喋って」
「え」
「何でもいいから」
うーん、と突拍子も無い依頼にも真面目に応えようと彼女は時折唸りながら話し出す。(……ええと、星が綺麗です秋山さん!知ってますか、天の川って銀河を横から見た図なんですねあっ秋山さんなら知ってますよね、でも私びっくりして!)
平坦な相槌を打ちながら、強く携帯を耳に押し付けた。途切れないことを何より願う。窓を開ける習慣なんか無かった。彼女の前で喫煙するのを止めたのはいつからだったか、そもそも副流煙が電波に乗る訳でもないのに、我ながら律儀なことである。染まりすぎだろう。悠長にも、だ。ひやりとする。
「秋山さん?」
「ああ」
我に返る。何か言葉を返そうとして、しかし何も言えずに空っぽの相槌しか口から出ない。
(いつも都合良い空言ばかり言いやがるからだ)(流石詐欺師だなあ?)
言い訳の代わりに白状してしまえば楽になるのか。せいぜい、低俗な悪意の群れから君を守ってやるしか自分にはできないのだと。他に彼女に与えられるものなど、自分は持っていやしない。そのくせ欺瞞を振り回して、当然のような顔をして彼女の傍に居座るのだ。ただ彼女に寄生して生きるだけ、まるで死人じゃないか。自分が嘘で固めた生物であることを忘れた振りして。
「明日はちょうど大学も早く終わりますからね、よかったら」
「何だって?」
「あっ!やっぱり秋山さん聞いてなかった!」
「電波状況悪いんだよ」
「そうなんですか……」
「で、何の用」
「ご飯の約束ですよ!よかったら明日秋山さんの家に行きますから、食べたいものリクエストしてください」
「………」
「秋山さん?」
「……明日、」
「あ、何かご予定がありますか」
「和食」
「え?」
「和食食べたい」
「!分かりました!」
「楽しみだ、明日」
明日を保証してくれるのか。まだ求めてくれるのか。目を閉じる。例え死人紛いだろうがまだ死ねない。死ねなかった。今や何も持たない自分がさっさと命を断たないのは、単純に、何よりも優しくて美しい君を見果てたいと思うからだ。他愛のない雑談もたまに現れては作っていく料理も何もかもだ。そして君が自分を傍に置いてくれるのなら、気の迷いだろうが夢幻だろうが何でも良い。死にたくないと思えることを、心から、誇りに思う。
「なあ」
「はい?」
「今からそっちに行っていいか」
(それから確かめてくれないか、この心臓が動いてること)

(いつか終わる日を迎える覚悟ができたと、伝えにいきたいと思う)

(本当だよ、)









RADWIMPS『トレモロ』
ヒホさんからのリクエスト「一番好きな歌で秋直」でした。数ある名曲の中からやっとこさ選んだのですが、それにしても原曲クラッシュに程があるぜ……
ヒホさんからもラッド好きな方からもビンタされそうな気がするのでとりあえず湿布用意します。いや、原曲はもっと良いんですよ!あのどこか切ない疾走感を置いてきてしまったので例によってグダグダだけども!捏造すぎて原型をとどめないけど!
言い訳はさておき、改めて一番手リクエストありがとうございました!
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