(父はいない母もなくした、詐欺やってぶちこまれて碌に改心せずまた人を騙した。なぁもう良いか?俺はお前を離れて)

「死にたいんだ」





Thank You




響いた音は軽快で、そればかり耳に残っていつまでも痛みはやってこなかった。既視感。あの時は演技だったか。目の前に本物の透き通る涙がある。

「吐いて良い嘘と」
「…………」
「いけない嘘があります」
「……本当だと云ったら?」

やがてやってきた鋭い頬の刺激、お次は断続的な鈍い衝撃が彼女の手から俺の胸に伝わる。だん、だんと、叩くリズムは奇しくも心臓の鼓動と同じ規律だった。ポケットから出した右手で抱き寄せれば腕が振るえない。お前の云う通り嘘だ、呟けば腕は振るわない。

「全部」
「……なんで」
「全部煩わしくてね」
「なんでそんなこと云うんですか」
「じゃあ逆だ、皆死ねば良い」

(俺とお前以外総てが死体で、お前が寂しくならない様に花を植える。据えた臭いも掻き消える位地面を覆ったらみんなみんな思い通りだ)

「解りました」
「何を」
「秋山さんは、怖いんです」
「何が」
「誰かに否定されるのが」

綺麗に吊り上がった眉はなかなかに勇ましいじゃないか。解っちゃいないからそんな顔が出来る。

「ああ、怖いよ」
「…………」
「お前に否定されるのが」
「──!秋山さ」
「お前といることを否定されるのが」

年齢経歴及びそれに付随する第三者の目線を彼女はきっと気にもしないもしくは気付かない、強いという証拠をまざまざと見せる。それでもお前は俺じゃないよ。泣けもしない男の代わりになろうとしたって離れていくのは火を見ている様だ。先の手は俺の背中に回る。先の胸は彼女の所為で丁度叩かれた部分の真ん中辺りが濡れて 冷たい。

「私がずっといれば」
「いれば?」
「誰も何も云いません」
「ふうん」
「巫戯化ないで聞いてください!」
「聞いてるよ、ちゃんと」
「……秋山さん」
「……俺の味方でいて、ずっと」

抱き返す。ぐちゃぐちゃに潰れて俺の中に溶ければ良い。シャツを掴む指は細くて必死で何処までも懸命で、います、あきやまさんのみかたです、だから、と続けた。最後の方が聞こえなかったが興味がなかったから何であろうといい話だ。ありがとう、抱き締めてくれて。ありがとう、優しい嘘吐いてくれて。俺は今幸せです。そのどうしようもなく緩い手綱は他でもない彼女が、握っている。


(100413)

BGM:Thank You









ヒホさんちの10000Hit記念シカヲさんトリビュート企画でフリーだったので思わず誘拐させていただきました
なんてこった……ヒホさんは完全に私のツボを押さえていらっしゃるようです
「俺は今幸せです。」にどれほどの感情が詰まっていることか 、感謝も後悔も何もかもが満ちているのですね……!
何だか何が言いたかったのか良く分からなくなってきました
しかしまだヒホさんの怒濤の傑作はまだ終わっていなかったのでした

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