目の前の髪を振り乱した女の白目が光っていた。瞳孔が小さな黒い丸に変わっていた。途中で折れた爪がぶら下がった指をこちらに向けて真っ暗な穴のように口を開いて絶叫する。
「先輩ぃぃぃ!」
違ったテレビからじゃなくて隣から叫ばれたわ。フェイントこれに尽きるわ。せっかく大音量で見てるのにお前のがちがち歯の音うっさいんですけどねぇ聞いてる後輩?ねぇ聞いてる!?
「もう駄目です、絶対駄目ですこれ以上は駄目です駄目駄目駄目」
「駄目なのは紛れもなくお前だ。明らかに特殊メイクじゃん何言ってんの」
「いやぁぁあ爪剥がれてる!血がぁああ」
「マジでうるさいちょっと黙って」
適当にレンタルしてきたB級感丸出しのホラー映画にここまで怯えられるんならさぞかしお得な人生だろうねうらやましー。ところで完全に俺の背中に隠れた後輩、もしかしてこの体勢俺を幽霊に対しての盾に使ってやしません?ねぇねぇおかしくない?先輩に対する扱いがなってなくない?
「秋山達はー?」
「ま、まだコンビニから戻ってませんよぅ……」
「どうしてもポップコーン食べないと映画見た気にならないとかね、馬鹿かと」
「こんな夜中に出歩くなんてぇ!先輩方も呪われて帰ってきたらどうしよう!」
「そのときは異界に飲まれてもらうわ、直ちゃんと一緒にな」
親が入院してるとかで、そろそろ日付も変わろうかという真夜中にも関わらず秋山家は俺らの暴挙を許しちゃってる訳である。液晶の中で、この世に未練たっぷり残してテイクアウトする気さらさらないことをさっきからアピールしてる見た目グロめの女が床を這い回っている。あんまり怖くないよ……俺が怖いものといえば、勝手に後輩の靴箱を空けた某部長がその中からラブレター的なものを見つけたときの形相だけだからね。羅刹顔だからねお前の先輩。そんな奴が雰囲気出すための真っ暗な部屋に俺と大事な後輩二人残したのは、まあ俺へのゴミカス程度の信頼もあれど大部分は「もしもこいつに何かあったら……どうなるかはわかってんだろうなぁ?」というお得意の魔王ジョークを背景にした上での判断に違いないなぁと思ったり。何もしねーよ馬鹿にすんな。どっかの白髪やらは知らないけど。
「ただいま戻りました神崎さん」
「そこのキノコにいじめられてませんか?もう大丈夫ですからね」
大丈夫になれない、本気でなれない。噂をすれば何とやらっていうか、レジ袋いっぱいに(この後輩に貢ぐ気満々の)お菓子やら飲み物やらを詰めたヨコヤと葛城がどやどやと帰ってきた。いよいよホラーの雰囲気台無しである。この状況において尚クッションに抱きついてビビるのを止めない直ちゃんはある意味強靭な精神力の持ち主じゃね。
「あれ、秋山は?」
「ガンツの続きが気になるから立ち読みして帰るそうです」
「買えよ。もしくは単行本待てよ」
「本人に言えばいいでしょう。さて神崎さん、プリン買ってきましたよ」
「葛城先輩助けてください、澄江さんが!澄江さんがブルーレイの呪いにとりつかれて!」
「おや、私達が出かけている間にそんな展開に」
抱きついてきた直ちゃんをあやしつつヨコヤに向かってこれ以上ないほど勝ち誇った顔を見せる葛城と、いつも携えてる日傘を叩き折るほど悔しそうなヨコヤはさておき。ダメじゃんこれホラーどころか現実世界の修羅場の方が気になって仕方なくない。
「ほら直ちゃん涙ふいて!もうちょっとで終わるみたいだから我慢して見とこうよ」
「かか葛城先輩、手握ってて貰えますか」
「勿論です」
「ヨコヤ先輩は左手をお願いします」
「一人分で我慢しろやァ!」
「福永先輩は正面の警戒を!」
「俺らさっきから何してんの!?何故直ちゃんの三方を取り囲むことになってんの!?」
4人で謎過ぎるフォーメーションを組んで鑑賞したホラー映画は案の定「レンタル代返せ」と叫ばれてしかるべきひでぇ終わり方をした。ヨコヤも葛城もあまりの駄作っぷりに半眼になりながら直ちゃんの左右を守っていたが、エンドロールが流れる頃には二人とも船を漕いでいた。
「直ちゃーんもう終わったんだからさぁ」
「ままままさか澄江さんの双子の妹が最後にDVDプレーヤーの配線で自分の首を絞めながら床下から這い出してくるなんて」
「まだ怖がってんのか!本当に制作者に優しい視聴者だなお前は!」
「……だって音が……」
「はぁ?」
「さっきからずっとどこかから変な音が聞こえませんか!?だんだんこの部屋に近づいてきてるんです!」
「直ちゃん直ちゃん、人はそれを妄想という」
「本当なんです!」
半泣きになりながら叫ばれても困る。何故なら後日俺が魔王に殺される。
「あー分かった分かった、疲れてんだよ直ちゃん。もう夜遅いから寝なさい片付けは俺がやっとくから」
無駄に健やかな寝息をたてているヨコヤと葛城の襟首を掴んで隣の和室に放り込みつつ後輩を同じ部屋に押し込みやっと一息、なんで俺映画見ただけでこんなに疲れてんのと問いたい。責任者出せよ。意外と目にも疲れが溜まってたみたいで瞬きを繰り返したとき、カーテンを閉めた窓の外で何か軋む音がした。一回では終わらない、妙に間隔の空いたその音に俺は中腰のまま固まってカーテンの隙間を凝視する。フラッシュバックする映画ラストのグロ女、そういやあの女も這って進むときにあんな音立ててなかったっけ。えっちょっと待て、えっ。
足音を殺してカーテンに近づいて手をかける頃には軋む音の代わりにベランダに何かが落ちる音がした。開けて大丈夫なのこれ?主人公的にはこれ直ちゃんが開けるべきじゃね?なんで俺?噛ませならヨコヤ一人で十分だよね?起きろ白髪!
「……」
起きなかったので俺が開けた。
ベランダに据わった目の秋山が立っていた。
「……おかえりー」
「何でドアチェーンかけてるんだ」
「あっそれヨコヤか葛城」
てかアパートの壁クライミングしてきたのあっきーすごくね?








諫早さんリクエストで「学パロで日常話」でした!自分で書いといて何ですがこれが日常だとしたらこの人達相当暇人だなと思います。
あと学パロのフクナガさんを働かせ過ぎだなぁと思いました。改めません。
遅くなりましたがリクエストありがとうございました!
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