夕食の材料を買いにいく、その程度にはしゃいでエコバッグと財布の入った鞄を揺らしながら行きつけのスーパーまで俺を先導する彼女の後ろ姿を見て思わず頬を緩ませている。知人に見つかれば指差して笑われることが目に見えているので密かに無表情を決め込んだ。
「ご馳走になっていいのか」
「是非一緒に食べたいです」
こちらが恥ずかしくなるくらいご機嫌な様子を横目に、自分が払う気満々の彼女をどう煙に巻いて食材費を負担する方向に持っていくかの算段をつける。難しいことではないが。
急に寒くなった空気に首を竦めながら二人して歩くのがいつの間にか違和感がなくなっているこの状況を、彼女に出会った当初の俺が見たらどんな顔をするだろう。寒いなとこぼすと、俄然張り切ったように彼女の歩調が速くなる。案の定躓いたところを片手で支えながら、いつの間にか作っていた筈の無表情の綻びに気づいている。



「秋山さん、何か食べたいものあります?」
「君が好きに決めたらいいよ」
みっちりと商品の並んだ棚の前で勇ましく買い物籠を提げてむむ、とひとしきり難しい顔で考え込んだのち、彼女は一つ頷く。
「野菜たっぷりのシチューにしましょう」
「いいよ」
「秋山さん、栄養足りてなさそうですからね!カルシウムも!」
「君は俺が怒りっぽく見えてるのか」
「ヨコヤさん達と会う度に喧嘩してるじゃないですか」
「あれは喧嘩じゃない」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
喧嘩をするほど良好な関係に見えるのか。
上手く説明できないので代わりに籠の中に牛乳を入れてやるとぱっと顔を明るくしてお礼を言ってくる。単純さに笑う。救われてもいる。
「荷物持つぞ」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
「重いだろう」
「こういうのは自分で持つものなんです」
「そうなのか」
「そうなんです」
かぼちゃもたっぷり入れちゃおう、と足取り軽く野菜売り場へ向かうのを追う。売り場や商品を選ぶ順序に淀みがないのは単に慣れているからだろう。何をするにしてもある程度鈍くさいという印象を持っていたせいでその姿が新鮮に映る。四つ切りのかぼちゃの黄色い中身まで何故か真新しく見えるから不思議だ。お気に入りらしい淡い色の靴の踵が床を鳴らすのを好ましく思うのは相変わらずだ。
「よく来るのか」
「はい?」
「このスーパー」
「あ、そうですね。近所にあるから便利なんです」
「いつから自炊してるんだ」
「いつからかなぁ……父が入院する前からもご飯作るのは私の役だったから」
「そうか」
「秋山さんはコンビニで済ませてるでしょう、駄目ですよたまには料理しなきゃ」
「お湯沸かすくらいしかできない」
「そんな……!」
心底衝撃を受けたような顔をされた。心外だ。
「お教えしますから!今からでも遅くないですやりましょう料理」
「いいって」
「添加物は危ないって言うじゃないですか!」
「マジ泣きはやめろ」
夕方の買い物客の珍しげな視線に辟易しつつ彼女の背を押してその場を離れる。
「秋山さん、本当にどうやって生活してるんですか」
「お察しの通りコンビニ弁当」
「そういえば秋山さんのお家、包丁なかった……」
独り暮らしの学生にしては彼女の家には調理器具が揃っていた。実家から持ってきたと思われる年季の入った鍋などを思い出す。何歳までは父親と一緒に食卓を囲んでいたんだろうか。
「料理、好きなのか」
「好きですけど、どっちかというとやって当たり前のことって感じです」
「ほう」
「あ、いえ嫌味ではなくて」
「お前は偉いよ」
見上げた顔がぽかんとしていてこちらまで面白くなる。
「偉いん、ですか」
「ああ」
「そうかなあ」
馬鹿正直の割に素直に受け取らず彼女は首を傾げている。少しつまらない。当たり前じゃないよ、お前は同じくらいの歳の奴らよりずっと頑張ってるよと言えれば良いものを。柄じゃない。



とりとめのない空想をする。もし万が一、彼女が俺の分まで毎日食事を用意するような事態が発生したらどうなるだろう。馬鹿正直と全く同じ食生活。健康になってしまうに違いない。俺まで嘘を吐けない質になってしまったらどうしようか。絶対にあり得ないことなのだから考えるだけは自由な筈だと自分に言い聞かせる。そうなれば愉快だろうなと思う自分を、誰かに弁解したいような気分だ。
「一つだけ」と言いながら菓子コーナーの前で真剣な顔をしている彼女から目を離して辺りを見渡すと、しかるべきコーナーではない場所に積まれた商品の山が目に入る。少し考えて、一つ取って彼女の所に戻る。
「ついでにこれ頼む」
「え、カレーですか?」
献立変えます?と俺が差し出したカレールーの箱に首を傾げられる。
「いや、今度俺が作るから」
「え」
「料理教えてくれるんだろ」
途端咲いた笑顔に、これが見たかったのだと今更気が付いた。





Title:クロエ
浅さんリクエストの「買い物をする秋山さんと直ちゃん」です!
かなり間を空けてしまったので文体やら何やらが変わってしまっていたらどうしようとビクビクしながら献上させていただきます。秋直がほのぼのご飯食べてたらこれ以上の贅沢イラネ、という私の願望が筒抜けの話になりました。
リクエストありがとうございました!
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