ぎし、とベッドが哀しく軋む音がする。毛布を剥がされるとそこだけ、肌が冬の冷たさを纏った。いつもなら、堅く堅く瞼を閉じてやり過ごすところなのに今日は何故か、我慢が利かない。

「行かないで」

自分でも驚くほど小さくて頼りなさげな声だった。瞼に落とされる口付けはまた、私を眠りに引きずり込んでいく。この口付けもきっと幻。寝ぼけているだけ。彼はもう、行ってしまった。そんな声が身体の中から聞こえた。それでもかまわない。まだ、ここに、居てくれるなら。焦点の合わない、ぼやけたままの彼の残像を夢の中で抱きしめる。



かちゃ、と食器の音がして、おかしいな、と思って目を開けた。音のした方を見ると秋山さんが立っている。おはよう、と唇が動くのをどこか、映画を眺めているような気分で見つめていた。光を跳ね返して黒が流れる。秋山さんの視線は軟らかで、撫でられているみたいに気持ち良い。

「まだ、眠いか」
「・・・ぃ、」

いいえ、と応えようとして言葉が喉に絡んでいることに気付く。テーブルの上のグラス。底に残った紅色は夜れた。

「秋山さん、どうして」

今日はまだ、ここに。

「・・・さあ。駄目か?」
「い、いいです!・・・居てください」

秋山さんはいつも、朝がくる前に私の前からいなくなってしまう。ドアが私を起こさないように音をたてずにしまることも秋山さんがベッドから出るときに触れてくれる指の感触も、本当は気付いてる。でも、知らない振りをする。言ってしまえばもう、秋山さんに会えない気がして。カーテンの隙間から朝日がちらちら覗いている。一人で見ることにはもう慣れたと思っていたのに。秋山さんと二人で見る特別も、一人で朝に取り残される日常も、知ってしまった。

「大学は」
「休みです」

秋山さんはきっと知らない。私が枕元の秋山さんの字をずっと眺めていて遅刻しそうになることも、すれ違うタクシーの中に秋山さんの姿を探していることも、きっと。秋山さんとこうしていられることが、苦しいくらい素敵なことのはずなのに、真っ直ぐに秋山さんを見ることが出来ない。どうして?水面に映る顔がゆらゆら揺れた。首に昨日の痕が残っている。ずっと消えなければ良いのに。指でなぞるとそこがじくり、と疼いた気がした。

「具合、悪いのか」
「え、わ、」

知らない内に秋山さんの顔が目の前にあって、びっくりした弾みでグラスが手から落ちてしまった。硝子が弾けて床に星空が出来る。動くなよ、と秋山さんはそれだけ言ってしゃがんで破片を拾い始めた。私と、秋山さんもいつかこんな風になってしまうんだろうか。もしも、そうだとしたら、そうなってしまうなら。ねえ、秋山さん。

「―――いいよ」

もう動いていい。見上げてくる眼に捕まえられた。見透かしたような言葉が心臓に刺さる。秋山さんに伝えることが出来たなら今と同じ様に、いいよ、と言ってもらえるだろうか。

「秋山さん」

伝えることなんて出来なくて、名前だけ呼んだ。融ける目線。近付く心音。全身が痺れていく。はら、はら、と秋山さんの指から破片が落ちるけど、もうそんなのどうでもいい。ちり、と身体に灯る紅。取り戻せないくらい粉々になってしまうなら、ねえ、秋山さん。

「離さないで」

このまま二人で壊れませんか。

「―――いいよ」

秋山さんが耳元で呟いた。両手が秋山さんのシャツを掴む。かしゃん、と零れた硝子の割れる音が、いま、秋山さんと私を繋いでいた。





浅さん宅の2万打企画でリクエストさせていただきました!
この曲……大好きなのです……感じの秋直見ることができたら鼻血もんだぜ!とか思いつつリクエストさせていただいたら案の定ドブシャッてなりました。すいませんレバー一人前お願いします。
浅さんの書かれる秋直の大人な雰囲気が大好きです!直ちゃんの戸惑いとそれを受けいれる秋山……胸がいっぱいになるのです。
この度は二万打おめでとうございます、そして本当に素敵な小説をありがとうございました!
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