(沈黙。便利な、実に都合のいいはぐらかし方だった)
(君がそれをとても恐れていると知って、やった)

受話器の向こう側が急に遠くなる。俄に生じた錯覚の癖に俺を陥れるのに十分だった。知らず携帯を押し付けた耳が潰れる。両者が口を聞かない間交信される電波は一体何を乗せているんだろう。今この隙間。
「あきやまさん?」
恐る恐る。結局はいつも通り彼女から先に沈黙を破っていく。電波が動き出した。携帯を握りしめた拳が硬直していたことに気付いて意識的に指を緩めた。薄い不快感ばかり残る。それを払うために口を開く。
「どうした?」
「いえ、急に黙っちゃうから」
「ああ、考え事してた」
「そうなんですか!」
怒ればいいのにと無責任に思う。相変わらず馬鹿正直のお人好しは俺に対する苦言など一つも溢さずに向こう側でほっと息を吐いた。怒ってくれれば、よかった。
「それで、何だっけ」
「新しいお友達ができたって話です」
「ああ」
その友達は男なのかなどとは聞く必要はなかった。例え女だろうと不快感は拭えなかった。
思うんだよ。君と君が向かうであろう素晴らしい未来を繋ぐ糸を捩り切ってしまえたらと。そうすれば君はここに落ちたまま永遠に俺と一緒にいてくれるんじゃないか。歳の差なんて無ければよかったね。潰れれば良かった。考えても考えても購えないものなんか俺にはいらない。
あきやまさん、と再び彼女の電波が流れ込んできた。不安になれ。俺の分まで。
「ねえ」
今すごく残酷なことを考えている。
「会いに行っていい?」





その友達はどんな人間で、どんな髪の色で、どんな声で君の名前を呼んで、どんな話題を君に投げ掛けて、どんな強さで君に触れて、どんな風に君を愛するのか。何も知らないし知るつもりはないがそれらが果たして俺の行うものより優れている訳がないのだ。疑う余地もなく。何故なら俺は彼女のものであって彼女のためだけに生存を続ける俺が彼女にとってその他事物より劣る存在である訳がないのだあってはならないのだ。そう思いながら身動ぎもせず健やかに寝息をたてる君を見つめているというのに君は少しも気付かない。それにどれほど救われることか。知られてなるものか。君の頼りは今俺しかいないのに。
だから今その細い首を掴むこの手に殺意など微塵も込めてはいない。置いていってほしくないだけだ。引き留めるために袖を引く代わりにゆるゆると手に力を込め続けるだけだった。頼りない皮膚一枚の下のささやかな脈が掌を通じて今俺のものと同じになったような感覚がした。このままずっとずっと続けばいい。君が死ぬことさえなく俺に笑いかける、空想した世界の素晴らしさに喉が詰まった。締め切ったカーテンからは街灯も町明かりも月も入らないから、例え君が起きたところで俺の表情は分からないだろう。見るな、と無意識に口からこぼれた。今俺のこと見ないで。何も知らないままでいて。
目線を首筋から逸らして枕元の鏡にやる。暗さに慣れた筈の目が、俺の顔だけ明確に見せてくれなかった。黒い面を被ったように見えた。もう一度君を見つめる。寝顔は、こんなにはっきり見えるのに。
くっ、と君の喉が鳴って我に返った。少し眉間に皺を寄せて寝返りを打つのをやり過ごして、もう一度華奢な首筋をなぞる。
おいていかないで。





急に目覚めて、起き上がったとき秋山さんはマグカップ二つにコーヒーを注ぎながら「よう」と声をかけてきました。
「おはよう」
「おはようございます……」
「どうしたの」
「何だか、変に寝苦しかった気がして」
「ぐっすり寝てたぞ」
「そうなんですか?」
「悪い夢でも見たんだろ」
そう言う秋山さんが軽く笑って、寝癖の残る私の頭を小さく撫でるものですから私も思わず微笑みます。大きな掌です。そのあたたかなこと。例えどんなに恐ろしい化物が来たって、この優しい手が私を守ってくれるに違いはないと、私は信じてやまないのです。











樹さんリクエストの病みを隠そうとする原作山でした。なんか久しぶりにヤンデレ山を召還してみたらとんでもなくイッちゃった危ない人になってますね。なんぞこれ。
健全に病むってできないものかね
樹さん、リクエストありがとうございました!
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