現実感は暫く追い付かなかったせいか目の前の彼女が何故か知らない人間に見えてぎょっとした。すぐに脳内にピントが合うように彼女の名前を思い出して、安堵する。心からだ。
「うたた寝なんて珍しいですね?」
歳に合わない幼い笑顔はさっきまで見ていた夢の中のものと何ら変わりなかったので、面白く思った。自分も彼女と同じよう変わらないままであるのだろうかと思い、そうであることを切実に祈る。彼女の背景になった紅葉が風に鳴いていた。木漏れ日は黄金色である。遠くで幾人かの声が聞こえていた。
「夢見てたよ」
「何の夢ですか?」
「昔のお前の夢」
「………」
「何にも変わってねぇなぁ」
「深一さん嬉しそう……」
それはもう。かつて天才と謳われた自分の脳は未だあの日の彼女の姿を大事に守っていることが分かったのだから喜ばぬ理由は何もないのだと、口には出さないでいる。風に遊ばれる髪を押さえた手にしたって、歳を重ねたとはいえ華奢な輪郭もその仕草も変わらなかった。
背凭れに支えられていた体を億劫そうに起こすと古い木製のベンチが少し軋んだ。自分が目を覚ますまで隣に座っていたのなら寒かっただろうにと言えば、そんな心配はまず自分にしてくださいと諭される。言われてからくしゃみが出た。
「あいつは」
「向こうでヨコヤさん達が遊んでくれてるみたいです」
「大丈夫か、それで」
「そうですね、皆さんにご迷惑かけてないか見てきます」
「そっちじゃなくて」
今頃昔の自分達についてあることないこと吹き込まれているだろう息子の姿を想像して暗鬱な気分になる。まああの三人のことだから、三者三様己の都合のいい過去を捏造して話して聞かせようとするのだからどうせ破綻が起きるに決まっている。一際喧しく公園に響いたのは極彩色の男の奇声であった。果たして何が起きたのやら。慌ててその場に向かおうとする彼女を引き留める。案の定息子を連れて腐れ縁の三人がこちらに向かってきた。
「ちょ、秋山お前いたいけな子どもに何教えてんの!?福永マジギレ寸前なんですけど!」
「そのままキレてくれて構わないがな。ただのお前らに関わる際についての注意事項だろ」
「成程秋山くん君はかつての学友を称して嘘しか吐かない人形女などと言うのですね」
「あなた方はまだマシでしょう私なんて『ただのネタ要員』とまで言われたんですからね。何ですか要員って断固訴えますよ」
「ねえ、よこやってしらがー?」
「……これ教えたの葛城さんでしょう」
「何のことやら」
ならば己こそが正しい言葉の使い方を教えてやろうぞとばかりに再び息子の周りに群がりだした腐れ縁達から目線を外す。隣を見ると彼女は困ったように微笑みながらその様子を眺めていた。小学生になったばかりの息子はどこか澄ました顔で三人の言う戯言に耳を傾けている。果たしてこの子どもは正直者になるのか嘘吐きになるのかと、無為に考える。希望は言うまでもない。
「子どもが育つのって早いですよねぇ」
その思考を知ってか知らずか彼女は目を細めたままそう呟いた。
「もう小学生だもんな」
「私、つい昨日深一さんに出会ったような気もするんです」
「あっという間だったか」
「幸せな時間は早く過ぎるんでしょうね」
「あんな下らないゲームに巻き込まれてたくせにな」
「でも深一さんがいましたから」
そうだ彼女は本当にいつまでも馬鹿正直のままだったと、気付いて思わず衝撃を受けた。傍らに詐欺師を置いているにも関わらずその性質は微塵も揺るがなかった。いとも容易く周囲の心を動かしてみせるくせにだ。
「たった10年です」
睫毛を伏せた彼女は遠いところを見るような目をしていた。
「たった10年で、こんなに遠くまで来たんですよ」
「……それでもお前は変わらないんだな」
「深一さんがいましたから」
先程と同じ返事をした彼女がにこりと笑ってその目に自分を映したのを見た瞬間、救われたように思ったのは気のせいではないと思う。未だ言い争いを続ける三人の輪の中から子供を引きずりだして膝に乗せる。丸い目を覗きこんだ中には彼女のものと同じように嘘吐きが一人映っていた。重くなったな、とありきたりな感想を呟くと小さな顔が笑って、この間の身体測定の出来事を話す。彼女が自分のことのように、嬉しそうに相槌を打っていた。頭上で赤い葉が揺れて静かに数枚舞い降りていた。金色の光が足元に降りてくる。
もう一度眠ろうかと思った。変わらず世界は豊かなままであるなら何も恐くないと、秋山は瞼を下ろして静かに笑う。










ねあさんからのリクエスト「10年後の秋直」でした!脇役ズも好きだとおっしゃってくださったので無理矢理突撃させてもらったのですがこいつらまるで成長してないですよね。いいのかこんな落ち着きのない三十路四十路達
何となく今回若干書き方を変えてみようとしたのですが結局しょぼさは大差ないです!こんなもので良ければ貰ってやってくださいませ。リクエストありがとうございました!
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