笑った顔を見たことがないと、気付いた。今だって目の前にいるのに泣き腫らしたひでぇ面でひくひく喉をひきつらせながら俺を見上げていた。髪から滴った血が落ちてこいつの真っ白い頬を汚したのを見てから当たり前だと思った。ひっ、と一瞬上がった悲鳴がやけに耳に残る。
昔戦場で見た少年兵を思い出した。肩を掴んで地面に押し付けた感触がそっくりだったせいだ。薄い皮膚のすぐ下に細い骨の硬さがあって。あのときは間髪入れずに喉にナイフ押し込んだんだ。今は。広がった赤毛が土で汚れている。それから俺が浴びた返り血で。ああ臭ェなあ死人の臭いがする。俺から。おかしいな俺もこいつもまだ死んでないのに。ナイフ、どこにやったっけ。早くやらないと。泣くな恐がるな苦しませないように一瞬で済ませてやる。から。
幸福なんか味わうから不幸せだ。
俺涙なんかねぇの。あの腰抜けみたいに情けをかけて自分の命を危険に晒せるほど優しくも馬鹿でもないから。だからか。だからこいつは笑わないのか。腰抜けの前では笑うから、どんな顔で声で笑うかは知ってるんだけどそれはどうしても俺のものにはならないので。悲鳴も枯れたらしい細い喉が風みたいな音をたてるのを眺める。何回こいつを殺したっけ。いつの間にかこいつは俺が起きたことに気付いた瞬間怯えるようになってたっけ。
可笑しいか。血まみれの汚ェ手で何とか笑わせようなんて考える俺は滑稽か。一回だけでいいんだ。あいつにそうするみたいに花みてぇに笑ってくれるんならそれでいいのに。そしたらナイフなんかいらないんだ。嫌いになんかなるなならないでくれ、いつもそればかり思ってる馬鹿みたいに。多分それがよくない。
フレイキー。呼んでみた。俺の下で小さい体が更に縮んだ気がした。俺の片割れの腰抜け野郎はこんなときどうするんだろう。こいつのダチの小娘はどんな風に笑うんだっけ。だってそいつらの前じゃ気安くその顔弛めるんだろ。青ざめた恐怖の顔しか知らない俺はどうしたらいい。大事にするとか。可愛がるとか。何も知らない俺はどうしたらいい。
どうしたらいい。
ぼきりと呆気なく折れた細い首の骨の感触で我に返った。いつ首を掴んだんだっけ。恐る恐る頬に触る。もうこいつは恐がって泣き喚くこともない。フレイキー?分かっているくせに呼んだ。
なあ神様、俺とこの子をどっか遠くに捨ててくれよ。もう他にはいらないからさ。また俺から落ちた液体が、何故か今度は透明だったせいでこいつの頬を洗った。あれ。何なんだこれ。止まらない。







Title:舌
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