「どうしてこうなった」
「なんれすかぁ」
何でそこで俺が睨まれなきゃいけないのか。真っ赤な顔ってお前それ照れてるとか可愛い理由じゃないもんな。完全に出来上がってるもんな。しっかり握りしめたグラスから一本一本指を剥がしてやる間耳元で直はぼそぼそと言葉にならぬ音(察するに俺及び世間に対する不満)を吐き続けていた。
「きーてますか!」
「はいはい」
「もうー!」
「……キノコ」
「この件に関しては申し開きできない」
珍しく神妙な顔をしたサイケ男は頭を抱えて溜め息をつく。
「それにしてもねえ何なのコレ直ちゃん酒乱?『私の酒が飲めないんですかぁ』ってさっきまで散々うざいうざい」
「知るか」
「悪酔いも程があるわ!会計は俺がしとくからさっさと連れて帰れよ!あっでも今度領収書は送るからな!」
「お前勝手にこいつ飲みに連れ出しておいて」
「秋山さぁん大体れすね秋山さんがぁ」
「分かった分かった」
背中にだらりともたれ掛かった体がいよいよ力が入っていないので、諦める。そのまま背負ってやると「おお流石保護者」と無責任な評価がキノコから下された。
「あとの始末は責任持てよ」
「りょーかい」
「あと明日覚悟しとけ」
「冗談だろ」
ふざけんなァァと背後から絶叫されたのも無視して店から出ると、もうすっかり夜は更けている。遠くで電車の音がした。終電に間に合うだろうか。背中の直がうわぁと間抜けな声を出す。
「暗いれすねぇ」
「だな」
「もう秋ってことれすか」
「夜中だ、もう」
「えー」
「何でそんなになるまで飲んでんだ」
「こんなときもありますぅ」
「生意気な」
「もう大人れすからー」
「10年早い」
夜風は涼しいせいか背中の体温が余計に熱かった。骨が細いなぁ、と妙な感想を持った。揺れた長い髪が頬を撫でる。
「あきやまさん」
「どうした」
「あきやまさんのせいれすからね」
「何でだよ」
「あきやまさんのばーか」
「お前に言われると傷付く」
「あー、馬鹿にしましらね!」
「先にしたのお前だろ」
「……ばーか」
不貞腐れたように顔を俺の背中に埋めたらしく声は篭っていた。
「怒ってんのか」
返事はなかったので仕方なくひたすら歩くことにする。駅はまだか。このまま歩き続けるとそのうち二人ぼっちになりそうだ。急に浮かんだ空想の陳腐さはどうせこの背中の生き物から伝染したものなんだろうと予想がついた。
「怒ってないですよ」
突然にそう言い放たれたが、それが俺の質問に対する発言だと気付くのにしばらく時間がかかった。首を捻ってみるが、顔はよく見えなかった。
「私はいつまで子どもなんでしょうか」
「さあな」
「秋山さんにしか分からないのに」
「何でだよ」
「何ででもです」
首に巻き付けられた腕にぎゅうと力がこもる。ぐすっと鼻を鳴らして直はまた喋らなくなった。車のエンジン音と酔客の喚く声に混ざった俺の足音が不意に存在感を持った気がした。背中の体温に意識が向く。そういえば女だった。忘れていた訳でもないのに改めて思った。変な話だ。だからどうだというのだろう。何も変わらないなと呟けば直が頭を上げるのが分かる。
「10年早いんだよ」
それにしても言葉の足りない俺も人のことが言えない。











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Title:舌
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