何気なく付けたテレビが早速誰かの訃報を知らせてきた。傾けたコーヒーが乾きかけた粘膜にまとわりついた。ちかちか光る画面が寝不足の目に痛い。目を伏せたアナウンサーとは当然目が合わなかった。酸の味しかしないようなコーヒーが嫌になってカップを置いてしまった。入れ方を忘れたんだ。そういえば最近は彼女が用意してくれていたんだった。
そういえば昔この故人みたいに世間を賑わせたことがあったっけ。あのどこまでもマイナスの所業を犯罪史上類を見ない事件だとしてどこもかしこも妙な興奮を以て俺を迎えたっけ。なまじ良かった学歴のせいで恩師や学友には迷惑をかけただろう。水を取りに立ち上がる。グラスに注いだぬるいカルキ臭はあっという間に粘膜を洗っていった。出所して随分たった今、もう誰も俺を祭り上げようとはしないだろう。犯罪史はいずれまた誰かに塗り替えられるんだろう。何事もなく明日は来る、それが数少ない救いである。


仕事の休み時間に開いた携帯には着信もメールもない。ついでに発信履歴ももう長いこと更新されることなく止まったままだ。やりとりをする人間は本当に数少なかったし、その上最大の通信相手とはあの日以来断絶しているのだから当然の結果だった。一時期は迷惑なくらいかけてきたくせに、ふと浮かんだ考えがどうにも大人気なかった。苦笑する。
俺は彼女のことについて知らないことばかり抱えている。長い付き合いだというのに未だあの馬鹿正直は単純な人間のくせに俺にとっては不明の塊に他ならなかった。温厚な彼女があんなにも簡単に怒りを露にするとは思わなかった。ここまで断絶が長引くとは予想もしなかった。携帯は沈黙している。
果たしてこれは後悔だろうか。いくら後悔を重ねたところで日付はいとも簡単に塗り代わり明日になるのだ。俺の世界から彼女だけ放り出して。何事もなかったように月日ばかり過ぎて残された履歴を風化させる。そうしていつか俺と彼女はお互いを忘れてある日道で擦れ違ったってどちらも目も合わせないまま離れていくのだろう。
ただそれだけの話だと思う。その余りの呆気なさに俺はついていけないまま後悔を数えながら惰性で明日を迎える。
救えないじゃないか。


帰り道、一件だけ着信を見つけた。仕事中だったから気づけなかったらしい。液晶に浮かんだ見慣れた名前に不意に喉が苦しくなったのはどうしたことだろう。携帯を耳に当ててから何を言おうかと考える。何にも思い浮かばなかった。呼び出し音が鳴る。何故か、彼女は今泣いているような気がした。彼女のすべてなど知らないくせにそう思った。
後悔を許すことはできるだろうか。彼女ならそんな日さえも呼び寄せてくれるのではと期待する俺は相当おめでたいのだろう。






BGM:新世紀のラブソング
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