何にも言いません。あなたが口を開かずにただただまっすぐ前を見ているから。その目が何を見るのか私には分からないのです。強い強いあなたはそれを私に教えようとしないので、私は無知なままの子どものようでもあります。真暗な窓に白い光が尾を引いて次々と消えてゆきます。
がたんと一際大きく揺れたときひっそりと覗いた表示は変わらず厳しい無表情でありました。空っぽの車両に世界に二人きりになったような気もしているのです。だけどそう思うのは私だけでしょう、だってあなたは一人なのです。いつまでも一人ぼっちです。
目的の駅へはあっという間に着いてしまいました。あなたが立ち上がったとき微かに香った煙草の匂いに無性に泣きたくなったのはどうしたことでしょう。黙ってついて行くのです。私たちの他誰も降りなかったホームは寒々としておりました。切れかけの安い蛍光灯はあなたの姿を薄暗い影に変えました。ふと音を立てて点いたライターの赤い光のみあなたの口元を一瞬照らしやがて消え、あとに残ったずっと小さな火種も白い煙で霞んで見えます。あなたが煙草を吸う仕草を久し振りに見ました。
「どうした」
低い声に首を振ります。あなたから私はどう見えているのかと少しだけ思いました。
知っています。きっとあなたとても恐ろしいことを考えているでしょう。私の手の届かない遠い遠いところにいってしまいたいんでしょう。優しいあなたのことだから私が少しも傷付かない方法ばかり探しているんでしょう。言えないことを恥じます。
あなたが今一人きりなのは私のせいなのですから。私があなたを求めるせいであなたは何も言えなくなり私は何も聞こえなくなりました。
足音は二人分確かに階段に響いています。影になったままのあなたの背中を見つめたまま一段一段を踏むのです。
「秋山さん」
情けなく掠れた声なのにあなたは振り返りました。表情は見えませんでした。煙草の小さな光だけが私とあなたの間にひっそりと浮かんでおります。
「私、そんなに頼りないですか」
「何言ってんだ」
「私は」
誰もいない駅に人二人立ち尽くす光景はさぞかし奇妙なものでしょう。「必要、ないですか」
いずれ訪れる恐ろしい未来にあなた一人立ち向かうつもりなのは知っているのです。だけど私とあなたは今あなたが見つめるそこにはいないのです。
「私はここにいます、今」
「おい、」
「名前呼んでください!」
息を飲む音を聞いた途端、灰色のアスファルトの上に黒い染みがぽつぽつと浮かびました。
「一人になんかならないでください」
「…………」
私じゃああなたを救えませんか。私を一人きりにはさせないくせに自分は一人きりのままであろうとするあなたが憎らしいのです。頬を滑る熱い水ばかり時間の経過を伝えていました。遥か遠くでサイレンが響きました。
私はあなたのそばにいるのです。
「ありがとう」
頭を上げるとあなたは火種の向こうで微かに安らかに笑っていました。それを見て私はようやく気がつきました。私には救えないのだと。短くなった煙草を静かに口から離すあなたの仕草を見ながら思わず噛み締めた唇の痛みを、私は決して忘れないでしょう。
赤い光が今、消えました。







BGM:罪と罰
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