こわい軍人さんが振り向いたとき、ナイフと一緒にあの金色の目が光ったのがわかりました。ぬるぬるした赤い血が冷たい金属の刃の根元まで流れるのを、私は合わない歯の根をがちがちいわせながら眺めていることしかできませんでした。丈夫なブーツが私のともだちのお腹を踏みしめてこちらに近づきます。そうして初めて私は立ち上がれないことに気がつきました。地べたにぺたんと座り込んだきり力がうまく入らなくて頭が真っ白になったとき丁度目の前にこわい軍人さんの足がありました。
「腰抜けたのか」
軍人さんの声のいろは静かでした。まるでいつもの優しい軍人さんが声を出したみたいで、もしも目をつむっていれば間違えたかもしれません。だけど私は目を開けていて、そこにはちゃんと金色の目と大きなナイフがありました。
「恐いか」
返事ができませんでした。声を出そうとしてもぶるぶる震えた変な音しか出なくて、代わりにぼろぼろと涙が流れました。急に髪の毛を掴まれて思わず叫ぶと泣くなと怒鳴られます。むりやりに頭を上に向けられたので目の前には足ではなく軍人さんの顔があります。いつもの優しい軍人さんのおだやかな笑顔はありませんでした。
「優しい軍人さんは……」
「軍人は俺だよ」
「ちが、」
「フリッピーは俺一人で十分だろう、フレイキー」
諭すような口調がこわくてこわくて私は目を伏せて唇を噛んで逃げ出そうとするのですが、軍人さんは強い力で私を地面に叩きつけました。背骨を打ったとき一瞬息が止まりました。喉元にナイフの切っ先が向けられます。
どうしてどうしてどうして、頭の中をぐるぐる回っていた言葉が気がついたら勝手に口から飛び出していました。
「どうして」
「…………」
「みんな、殺すんですか」
「楽しいんだよ」
間髪を入れず答えた軍人さんは初めて笑います。あの優しい軍人さんと同じ人だと思えない、引きつれたような笑い方でした。
「た、たす」
「助けは来ねぇよ、分かってんだろ?」
「うぁ、」
喉に軍人さんの指が絡みました。ゆっくり息が止められるのが分かって思わず振り回した手に硬いものが触れたときそれが何なのか分からないまま掴みました。どすん。
少し小振りのナイフは軍人さんがカドルスに突き刺したままにしていたものでした。それが今度は自分の喉に突き刺さっているのを見た軍人さんは目を丸くして私を見たあと瞼を閉じました。
金色が見えなくなりました。
崩れて私の上にのし掛かった軍人さんが一言言って、それきり動かなくなりました。私は真っ白な頭でそれをしばらく考え込みました。何なんですか、「それでいいんだ」って。軍人さん起きてください、と呟いても軍人さんはぴくりとも動かないままどんどん青く冷たくなっていきました。教えてください軍人さん、私はそれでも叫ばずにはいられませんでした。
あなた誰だったんですか。






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